コラム

「ロシアが攻めてきた!」の信憑性

2010年03月24日(水)20時00分

 3月13日、グルジアのテレビ局イメディは「ロシア軍が大規模なグルジア侵攻を開始し、大統領が殺害された」という驚くべき大嘘のニュースを放送した。08年の実際のグルジア紛争当時の映像をまるで最新映像であるかのように使用し、その間は「架空のニュース」だと説明もしなかった(番組の冒頭と最後には断りを入れたが)。

 当然、08年の恐怖の記憶が鮮明に残る国民の多くはこのニュースを事実と信じ、パニックに陥った。心臓発作や気絶で病院に運び込まれる人も続出し、死者まで出る騒動に発展。ミハイル・サーカシビリ大統領はテレビ局を非難する声明を出したものの、ニュースの内容は「起こりえる事態に近い」と擁護する姿勢も見せている。一方、野党勢力などは、この放送は大統領が仕組んだものだと非難している。

 野党の主張が正しいかは分からないが、そう考えるのも無理はないかもしれない。嘘ニュースの内容、つまり番組の脚本が、あまりにも現政権に都合よくできているからだ。

 シナリオは、まず選挙で「親露」路線の野党が「反露親米」の与党に敗北するところから始まる。その後、選挙結果を不服とする野党が起こしたデモに政府側が発砲。だが実際に発砲したのはロシアのスパイと見られると番組は伝える。さらに野党勢力がクーデター政権を樹立するのと同時に、野党勢力の手引きをにおわせる形でロシアのグルジア侵攻が始まるというのが番組の筋書きだ。

 実際、グルジアでは今年5月に地方選が、さらに13年には大統領選が予定されている。さらに野党勢力はここにきて、指導者たちが相次いでロシアを訪問するなど親露路線を強めており、対露関係の悪さという大統領の弱みを攻める姿勢を見せていた。

 ニュースを見た国民がロシアの恐ろしさを思い出し、そのロシアと手を組む野党への支持を思いとどまる可能性はあったかもしれない。これが大統領の仕組んだものであれば、国内での支持率や国際社会での信頼の低下で追い込まれたサーカシビリ流の、瀬戸際戦術だったと考えることもできるだろう。だがいずれにしろ、騒ぎが大きくなりすぎたことで大統領の信頼は国内外でさらに大幅に落ち込むこととなってしまった。

 ロシアは今回の騒動を受けて「挑発だ」などの声明を出し、不快感を示した。だが本心では、親米大統領が勝手に自爆したと笑っているかもしれない。

――編集部・藤田岳人

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

GMメキシコ工場で生産を数週間停止、人気のピックア

ビジネス

米財政収支、6月は270億ドルの黒字 関税収入は過

ワールド

ロシア外相が北朝鮮訪問、13日に外相会談

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 6
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    日本人は本当に「無宗教」なのか?...「灯台下暗し」…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 8
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story