コラム

ウクライナ危機の影の主役──米ロが支援する白人右翼のナワバリ争い

2022年01月31日(月)13時20分

性的少数者や異教徒に厳しいロシアは「キリスト教文明の伝統的価値観を尊重する国」として欧米の白人右翼を惹きつけている。その結果、ロシア帝国運動には多くの外国人が集まっており、例えば2017年にスウェーデンで難民キャンプを爆破した2人のテロリストはサンクトペテルブルクで訓練を受けていたことが判明している。

ロシア帝国運動のメンバーは民間軍事企業(言い換えると傭兵軍団)「ワーグナー・グループ」の「社員」として、シリア、リビア、中央アフリカなどの戦場で活動しているが、ウクライナ東部もその一部である。実質的にプーチンの実働部隊であるロシア帝国運動は、アメリカが2020年に国際テロ組織に指定するなど、各国で警戒の的になっている。

民間人の立場を隠れ蓑に軍事活動を活発化させるロシア帝国運動は、ウクライナでエスカレートする緊張と対立の、いわば影の主役とさえいえる。

右翼の敵は右翼

ただし、影の主役はウクライナ側にもいる。ウクライナの右翼団体アゾフ連隊だ。

アゾフは2014年、クリミア危機をきっかけに発足し、民兵としてロシア軍やロシア帝国運動と戦火を交えた経験を持ち、その頃から民間人の虐殺といった戦争犯罪がしばしば指摘されてきた(そのためロシアメディアではネオナチ、ファシストと呼ばれる)。

現在でも自警組織として市中パトロールなどを行なっているが、その一方ではLGBTや少数民族ロマへの襲撃もしばしば行なってきた。それでも現在のウクライナ政府と密接な関係にあることから、その不法行為はほとんど問題にもされず、首都キエフにある本部はウクライナ政府さえ介入できない、いわば「白人右翼の聖地」の一つになっている。

欧米諸国では2010年代後半から白人右翼によるテロや暴動が目立つようになったが、近年では取り締まりも強化されている。活動の場を求める白人右翼のなかには、混乱の続くウクライナや実戦経験の豊富なアゾフに惹きつけられる者も増えていて、例えば2019年NZクライストチャーチのモスクで51人を殺害したB.タラントもウクライナ行きを希望していた。

なかには実際にウクライナに渡る右翼活動家も多く、アゾフ基地には欧米だけでなく中東など50カ国以上から17,000人以上が集まり、訓練を受けているとみられる。ロシア軍が国境付近に迫る状況は、アゾフがこれまで以上に大々的に活動するきっかけになり、それはさらに多くの白人右翼をウクライナに集める宣伝材料にもなるだろう。

毒をもって毒を制す?

戦場の様子などもFacebookなどで発信し、欧米からも右翼活動家をリクルートするアゾフは、欧米での白人テロを誘発させかねない存在として危険視されている。実際、アメリカ議会は2015年、アゾフを「ネオナチの民兵」と位置付け、援助を禁じる法案を可決した。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=序盤の上げから急反落、テクノロジー株

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、9月雇用統計受け利下げ観測

ビジネス

FRB当局者、金融市場の安定性に注視 金利の行方見

ワールド

ロシア、ウクライナ東部ハルキウ州の要衝制圧 軍参謀
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 6
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story