コラム

アジアの重石になった日本──「中国包囲網の'穴'」であることの意味

2021年09月24日(金)21時05分

それだけでなく、日本政府は昨年11月、アメリカが中国包囲網を加速させるのと入れ違いのように、中国や韓国、東南アジア諸国、オーストラリアやニュージーランドなど15カ国からなる新たな自由貿易協定RCEPに署名し、今年4月にはこれが国会で批准された。やはり中国と領土問題を抱えるインドが途中でRCEP交渉を離脱し、オーストラリアがいまだに批准していないにもかかわらず、日本が署名・批准したことは、その穏当さを象徴する。

ジョー・ヨシ狂想曲

こうした温度差は、今年4月の日米首脳会談でも浮き彫りになった。

菅総理とバイデン大統領の初めての会談では、中国が最も神経を尖らせるテーマの一つである台湾問題が取り上げられ、日本ではそのこと自体が大きく報道された。

ただし、メディアの大騒ぎとは裏腹に、日本政府の態度は極めて微温的だったといえる。アメリカが台湾支援の強化を目指しているにもかかわらず、日米間で合意できた内容が「台湾問題の平和的解決」にすぎなかったからだ。

これは1979年の米中国交正常化で中国自身が受け入れた文言であり、目新しいものでも、踏み込んだ内容でもない。そのため、この内容しか合意できなかったことが、アメリカにとって不満の大きいものだったことは疑いない。

日本がどっちつかずであるという見方は、アメリカだけのものではない。台湾にある国立政治大学の黃奎博教授は「日本政府はタカ派の発言を薄めるように努めているようだ」と指摘し、「有事には台湾を助けるべき」という麻生副総理の発言の実行性を疑問視している。

これに加えて、アメリカが中国批判のテコとして重視する、香港や新疆ウイグル自治区などでの人権問題に関しても、日本政府は「懸念」以上のコメントを控えてきた。

要するに、米中対立が本格化するなか、日本は基本的にアメリカ側に立ち、中国の台頭に要所要所でクギを刺しながらも、必要以上の摩擦を避けてきたといえる。

「穴」をどう評価するか

ワシントンと北京に両股をかけるスタンスは冷戦時代からのものだが、これがどこまで計算づくかは微妙なところだ。

一般的に政府の決定に首尾一貫性を想定すること自体、非現実的であることは、アメリカの政治学者G.アリソンが1971年に名著『決定の本質』で明らかにしたことだが、近年の日本政府・自民党に関してみても、日本全体のどっちつかずの方針は、アメリカ寄りの安倍-麻生ラインと、中国との関係を重視する二階幹事長や経済界との間の綱引き、あるいは中国脅威論と経済合理性の間の綱引きの結果ともいえる。

ともあれ、たとえ結果的にであっても、米中に両股をかけているとすれば、「同盟国アメリカに協力しないのはけしからん」という意見もあり得るだろう。また、経済関係を重視して人権問題に及び腰であることも、名誉な話ではない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 8
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story