コラム

ウイグル人と民族的に近いトルコはなぜ中国のウイグル弾圧に沈黙しがちか

2019年12月12日(木)19時15分

トランプ大統領は中国だけでなく各国に対して関税引き上げを強要しているが、そのなかにはNATO加盟国でアメリカの同盟国であるトルコも含まれる。

アメリカがトルコ製鉄鋼・アルミニウムへの関税を2倍に引き上げたことをきっかけに、昨年8月にはトルコリラが暴落。さらに、シリアでの軍事活動なども手伝って、IMFの推計によると2019年のGDP成長率は0.2%にとどまる見込みだ。

こうした状況で、中国の重要性はトルコで高まっている。

中国の「一帯一路」構想にはトルコも含まれている。そのため、インフラ整備などに関する中国のトルコ向け投資は2018年だけで28億ドルにのぼった。また、両国の2018年の貿易額は236億ドルにおよび、トルコからみて中国はロシア、ドイツに次ぐ第三位の貿易相手国でもある。

こうした中国の経済力は、トルコが静かになった大きな原因といえる。

ウイグル人への警戒

これに加えて無視できないのは、トルコ政府がウイグル人を必ずしも歓迎しなくなってきたことだ。

2017年1月、新年を祝っていたトルコ・イスタンブールのナイトクラブが襲撃され、39人が殺害されたテロ事件で逮捕されたのは、「イスラーム国」(IS)のウイグル系メンバーだった。

2014年にシリアとイラクで「建国」を宣言したISには世界中から外国人戦闘員が集まったが、このなかにはウイグル人も含まれる。彼らにとって、シリアでIS掃討作戦に協力するトルコは、決して味方ではない。

その結果、トルコ政府は表面的にはこれまで通りウイグル人を支持し、亡命者を受け入れながらも、監視や警戒を強めているのだ。この点で、トルコは中国と気脈を通じているといえる。

民族と国家を秤にかければ

これまでエルドアン大統領はナショナリズムを強調し、イスラームの大国として北アフリカから中央アジアにかけて影響力を広げることを図ってきた。欧米メディアは、その野心的な外交をしばしば「ネオ・オスマン主義」と呼ぶ。

ただし、エルドアン大統領はウイグル問題で中国を強烈に批判しながらも、2017年5月に中国で開催された「一帯一路」会議に出席するなど、柔軟な対応もみせていた(この会議に先進国の首脳はほとんど出席していない)。

いわばエルドアン大統領は中国を批判する一方でバランスをとってきたわけだが、経済の失速やIS台頭で、このバランスは一気に中国擁護に傾いたといえる。

それは一国の責任者として、ある意味で現実的だ。しかし、これまでのナショナリスティックな口撃が勇ましかっただけに、尻すぼみの感は拭えない。少なくとも、トルコ政府の静けさがウイグル人の失望を招くことは確かといえるだろう。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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