コラム

本物のバニラアイスを滅多に食べられない理由――知られざるバニラ戦争

2019年06月17日(月)12時55分

つまり、バニラ・ブームによって、手間がかかる栽培をまじめにやるより、他人が汗水たらして栽培した作物を横取りしようとする者が続出しているのである。マダガスカル北部のサヴァ州のある農家の女性は、アルジャズィーラの取材に、「農家より泥棒の方が多い」と証言している。

その結果、バニラ農家が強盗に殺害されたり、逆にバニラ農家が取り押さえた容疑者を暴行して死亡させたりする事件が続発しているのだ。バニラ・ブームが生んだ暴力と殺人を指して英紙ガーディアンは「バニラ戦争」と表現している。

盗難を恐れる農家の間では、成熟していないバニラビーンズを収穫する動きも広がっており、バニラ戦争は品質の低下も招いている。

バニラ戦争の闇

バニラ戦争を増幅させているのが、マダガスカルの公的機関を蝕む腐敗だ。アフリカ各国では汚職や公的機関による違法行為が珍しくないが、マダガスカルもそれに漏れない。

BBCの取材に対して、マダガスカル北部の住民は警察がバニラ泥棒を取り締まる意志も力もないと不平を述べている。

しかし、単に違法行為を取り締まらないだけではなく、警察自身が違法行為に加担しているという証言もある。たとえ他人の畑から盗んできたバニラビーンズでも、持ち込まれた流通業者は盗難品かを識別できない。

そのため、流通業者もそれと知りながら違法なバニラ流通に加担している疑いは濃いが、なかには地方警察が盗難バニラを買い上げ、バニラ流通を取り仕切るケースも報告されている。取り締まりや規制が骨抜きになっているため、住民は自己防衛に向かわざるを得ず、周囲の人間も疑いがちになる。

そのうえ、バニラ・ブームは環境破壊にも結びついている

バニラ価格が高騰するなか、農家の間では畑を広げる動きが活発だが、なかには自然保護区の森を伐採している者もあるといわれる。とりわけ、高級家具や楽器(あるいは日本では仏具)の原料として人気のある紫檀(ローズウッド)が伐採され、違法に輸出されているとみられる。紫檀はワシントン条約で国際取引が規制されている。

ところが、こうした状況は事実上野放しにされている。「国会議員と癒着した現地ビジネスマンが紫檀を主に中国などに輸出している」と告発した現地の環境保護運動家クローヴィス・ラザフィマララ氏は「公共の秩序を脅かした」として当局に拘束され、10カ月間投獄された経験をもつ。

アムネスティ・インターナショナルなど人権団体などの働きかけもあり、ラザフィマララ氏は釈放されたものの、その後も身の危険を感じているとガーディアンに語っている。

こうしてみたとき、バニラ・ブームはマダガスカルで現金収入の増加という光だけでなく、社会の闇も大きくしているといえる。

バニラビーンズはもともと中南米が原産で、マダガスカルにはフランス植民地時代に持ち込まれ、主に輸出用として栽培されてきた。バニラ・ブームによってマダガスカルが振り回される状況は、植民地主義の影響が現代でもなお続いていることを浮き彫りにしているのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

magSR190625issue-cover200.jpg
※6月25日号(6月18日発売)は「弾圧中国の限界」特集。ウイグルから香港、そして台湾へ――。強権政治を拡大し続ける共産党の落とし穴とは何か。香港デモと中国の限界に迫る。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story