コラム

アルジェリア大統領失脚──体制打倒を求める抗議デモとアメリカの微妙な立場

2019年04月08日(月)12時34分

欧米諸国は2011年のリビア内戦や、最近でいえばベネズエラ危機などで「独裁者」を批判し、介入することが珍しくないが、多くの場合、その対象は欧米諸国と敵対的な勢力で、欧米諸国とよしみを通じている「独裁者」に対しては、その限りではない。

実際、これまで欧米諸国がブーテフリカ体制を批判することはほとんどなかった。言い換えると、欧米諸国はアルジェリアの事実上の軍事政権を容認してきたのであり、いまさら民主化の徹底を説けば「どのツラ下げて」となりかねない。

また、アルジェリアと対照的に、スーダンはアメリカ政府から「テロ支援国家」に指定され、欧米諸国と対立することが目立っていたため、バシール大統領への抗議デモの広がりは欧米諸国にとって絶好の機会だが、アルジェリアに何も言わず、スーダンに介入するのはあまりに露骨なダブルスタンダードになるため、これを控えているとみてよい。

テロ拡散を後押しするリスク

欧米諸国が総じて静かである第二の理由として、大規模な政治変動がテロの拡散を促すことへの警戒があげられる。

「アラブの春」の最中、欧米諸国はリビアのカダフィ体制が反体制派を力ずくで鎮圧することを批判し、反体制派を支援することで体制転換をバックアップした。いわば、目障りだったカダフィ体制を自由や民主主義の大義のもとで葬ったわけだが、これは結果的にリビアに全面的な内戦をもたらし、さらなる混乱に陥れた

カダフィ体制崩壊後、それまで抑え込まれていたイスラーム過激派の活動は活発化し、リビアはシリア、イラクに次ぐ「イスラーム国(IS)」第三の拠点となった。そのうえ、カダフィ体制が保有していた武器が流出し、アフリカ一帯の治安はさらに悪化した。

つまり、欧米諸国がアルジェリアに徹底した民主化を求めたり、敵対するスーダンに直接介入したりすれば、政治的混乱が長期化しかねず、それはリビアでそうだったように、イスラーム過激派を活発化させかねない。これは欧米諸国に、中東の政治変動について黙して語らない姿勢をとらせているだけでなく、むしろブーテフリカ氏辞任での幕引きを願わせているとみてよい。

その意味で、表向きの大義はともかく、アメリカと中国の間に大きな違いはない。中東での抗議デモの広がりは、各国の支配層とこれに抗議する者の衝突であるだけでなく、いわば各国の内側で生まれる「改革のうねり」と、外側にある「現状維持の重し」のぶつかり合いともいえるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

シリア、イスラエルとの安保協議「数日中」に成果も=

ビジネス

米小売業者、年末商戦商品の輸入を1カ月前倒し=LA

ワールド

原油先物ほぼ横ばい、予想通りのFRB利下げ受け

ビジネス

BofAのCEO、近い将来に退任せずと表明
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 5
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story