コラム

イングランド代表はロシアW杯をボイコットするか──元スパイ襲撃事件の余波

2018年04月10日(火)19時40分

これに加えて、米国がロシア大会に予選落ちしていて、そもそも出場できないことも重要です。つまり、「他国の方針によく口を出す」米国でボイコットが話題になりにくい以上、米国以上にサッカー人気が高いそれ以外の西側諸国は、この問題にさほど熱心にならなくて済んでいるといえます。

言い換えると、英国には「ハシゴを外される危険」があります。結局フタを開けてみれば英国だけボイコット、となった場合、制裁の効果はゼロに近く、ただ出場機会を棒に振っただけで終わりかねません。

2022年も諦められるか

第三に、それでもボイコットした場合、英国はFIFAから制裁を受けます。

FIFAの規定では「出場国は全ての試合に参加しなければならない」とあり、これに違反した国は「その次の大会に参加できない」ことを含む制裁を課されます。

つまり、ロシア大会をボイコットすれば、2022年カタール大会の予選にすら出場できないことを覚悟しなければならないのです。

さらに、大会開始1ヵ月以上前に不参加を決めた場合は25万スイスフラン(約2800万円)、開始直前の1ヵ月以内の場合はその2倍の罰金が科されます。

FIFAは外交問題に関わらない方針で、ボイコットすればこれらのルールが適用されます。

先述のように、今はボイコット支持派が英国民の約半数を占めます。しかし、これらの措置が実際にとられた場合の世論の反応は不透明。英国政府にとっては悩ましいところです。そのため、メイ首相はロシア大会の開会式に閣僚や王族が出席しないと強調していても、ボイコットに関しては明言していません。

窮地で問われる英国の身上

リスクの多さに鑑みると、現状では英国政府はボイコットしない公算が大きいとみられます。多少うがった見方をすれば、W杯のボイコットにともなうリスクを避けるため、各国はモスクワ五輪の時と順序を逆にして、外交官の国外退去を先にすることで「制裁をした」というアリバイを作ろうとしたともみえます。

しかし、いずれにしても、このゲームはロシア有利といえます。先述のように、ボイコットした場合のダメージは、ロシアの国際的ダメージと同等か、それより大きいと見積もられます。逆にボイコットしなければ、「ビッグビジネスの誘惑に敗れた」という印象をもたれかねません。

それは裏を返せば、英国の苦しい立場を意味します。英国外交は「転んでもタダでは起きない」しぶとさが身上ですが、その真価がこの窮地で問われているといえるでしょう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

GMメキシコ工場で生産を数週間停止、人気のピックア

ビジネス

米財政収支、6月は270億ドルの黒字 関税収入は過

ワールド

ロシア外相が北朝鮮訪問、13日に外相会談

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 6
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    日本人は本当に「無宗教」なのか?...「灯台下暗し」…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 8
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story