コラム

【イラク日報問題】「イラクにも蛙がいる」自衛官のつぶやきが日本人に訴えるもの

2018年04月20日(金)13時20分

同じことは、日本の学校に関してもいえます。日本では米国と異なり、学校への信頼度が低下しつつあります。近年、各地でいじめによる自殺などが発生し、これを封殺するかのような態度をとる教育委員会や学校が続出したことは、その一因とみてよいでしょう。

信頼は「期待に応えてくれる、あるいは期待が実現しない場合でも、なぜそうなのかを納得させてくれる」関係で生まれるといえます。だとすれば、「都合の悪い情報」であっても適宜発信することが、信頼の構築には欠かせないことになります。

この観点からみれば、防衛省・自衛隊はこれまで国民への情報発信に、必ずしも熱心だったといえません。例えば、2015年の米国防省の予算(5960億ドル)のうちPR関連の予算(5億9100万ドル)が全体の0.09パーセントだったのに対して、防衛省の予算(4兆9690億円)のうち「情報発信に必要な経費」(1億8992億円)は0.004パーセントにとどまりました。

念のために補足すれば、米国では「国防省が他の省庁と比べてPRの経費を使いすぎ」という批判もあります。また、行き過ぎたPRはただの宣伝にもなります。そのため、米国並みにするべきかは議論の余地があります。

しかし、少なくとも国防を担う機関による国民向けの情報発信で、日米に大きな差があることは確かです。それは米国民の米軍に対する信頼度と、日本国民の自衛隊に対する信頼度の差を生む、一つの要因になってきたとみてよいでしょう。

これに加えて、そもそもPR予算が少ないことは広報担当の人員の不足を生み、ひいては「情報公開によって防衛省の本来業務が妨げられる」という主張を生むといえます。それならば、いっそこの分野での支出をもっと増やすことを提案してもよいはずです。

こうしてみたとき、敢えて単純化していえば、今回のイラク日報問題は、ともすれば多くの国民が縁遠く感じがちな自衛隊の活動が広く知られる契機になり、その苦労を知る機会を得ることによる親近感や理解、さらにその先にある信頼を醸成するという意味で、国民にとっても、防衛省・自衛隊にとっても得るものがあるといえるのです。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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