コラム

「本物より本物らしい世界の終焉」を捏造した杉本博司

2022年09月09日(金)17時05分

しかし、皮肉にも近年のコロナ禍や深刻化する異常気象、ロシアのウクライナへの軍事侵攻などによって、彼の妄想はより現実味を帯びることになる。

世界が徐々に好転するような直線的な時間概念はもはや成立しないにもかかわらず、永遠の成長が人類の幸福を保証するという資本主義の神話が信仰され、成長のための破壊が進む、近代の限界点、いや彼岸に見る「進歩の末路」、そして環境にとって最も過酷な人類の存在、その本質的な貪欲さ、狂気、むなしさを前に、杉本を創作へと駆り立てるのは、改めてその起源に立ち戻って、何故このようになってしまったか、また、人類の記憶として、精神と技術を遺す表現は何かを問い、それを想い起こすための未来の遺跡、または、ある種の浄土のような装置を作ることだという。

一見、多様な方向に向いているように見える杉本の活動は、「芸術は人類に残された最後のインスピレーションの源」(注6)であることを信じて、壮大な時間感覚と宇宙規模の視点のもと、アーティストとしての自らの責務を全うするという意味において、趣味か芸術か、骨董か現代アートかといった議論を軽やかに超えて、すべからく繋がって一体化している。

ただ、太陽光が、「杉本博司ギャラリー 時の回廊」に設置されたプリズムを通して分光され、刻一刻と異なる色彩のスペクトラムを見せるように、杉本博司も様々な光の当て方、条件下で無限に異なる姿を見せるのである。

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杉本博司ギャラリー 時の回廊 ラウンジに設置されたプリズム(撮影:森山雅智)

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Hiroshi Sugimoto, Glass Tea House "Mondrian", 2014©Hiroshi Sugimoto, The work originally created for LE STANZE DEL VETRO, Venice by Pentagram Stiftung

注6. 中村佑子監督による杉本のドキュメンタリー映画「はじまりの記憶」、2012年

本稿は、筆者執筆の以下の原稿の一部を含む。
"The exhibition as machine for stopping time" Cahiers d'art, No 1, 2014
「世界の終わりの始まり」『杉本博司 ロスト・ヒューマン』展図録、東京都写真美術館、2016年
「「瑠璃の浄土」考―― 一切法は因縁生なり」『杉本博司 瑠璃の浄土』展図録、平凡社、2020年
「杉本博司と直島――「時の回廊」へ」『杉本博司ギャラリー 時の回廊ハンドブック』、2022年
参考文献:
杉本博司『苔のむすまで』新潮社、2005年
杉本博司『アートの起源』新潮社、2012年
杉本博司『江之浦奇譚』岩波書店、2020年
杉本博司『影老日記』新潮社、2022年


※この記事は「ベネッセアートサイト直島」からの転載です。

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プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

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