コラム

「レアメタル」は希少という誤解

2023年07月25日(火)17時05分

中華人民共和国内モンゴル自治区のレアアース鉱山(2011年7月16日) REUTERS

<欧米では「マイナーメタル」と呼ばれる金属が日本では「レアメタル」と呼ばれたために今にも枯渇しそうな誤謬がはびこることになった>

10数年前にレアアースについて調べていた時、意外なことを知った。レアアースは、「レア(希少)」というその名称とは裏腹に、実に800年分以上の確認埋蔵量があるのだ。それなのに中国では「今のペースで採掘して輸出していたら20年以内に資源が枯渇する。そうなれば今の100倍の値段で輸入することになるぞ」と専門家たちが警鐘を鳴らしていた。

そうした警告に突き動かされて、中国政府は1998年からレアアースの輸出数量を制限し始めた。特に2010年はレアアースの輸出数量を前年に比べて2万トン削減し、3万トンに規制した。当時中国は世界のレアアース生産量の97%を占めていたので、日本をはじめとする世界のレアアース輸入国は大慌てとなり、レアアースの国際価格が高騰した。

あの騒ぎからもう13年になるが、レアアースはどうなっただろうか。2022年の世界の年間生産量は2010年の2.3倍に増えたものの、確認埋蔵量も増加したので、世界の埋蔵量はまだ400年分以上ある。中国での生産も6割以上増えたが、埋蔵量はなお200年分以上だ。

「800年分」から「400年分」に半減したではないか、と思う人もいるかもしれないが、ざっくり言って確認埋蔵量が100年分以上だったら、もうその資源は無限にあるとみなしていいのではないかと思う。なぜなら、100年以上先の人類が果たしてどんな鉱物をどれだけ使うかなんて誰も予想できないからだ。レアアースを大量に使う技術が発展して資源枯渇に近づいているかもしれないし、まったく使わないようになるかもしれない。いずれにせよまだ存在しない技術のことなど予測不可能である。

20年で枯渇どころか無尽蔵

昨年来のウクライナでの戦争や各国で進む軍拡など、人間の愚かさを次々と見せつけられると、400年後には世界大戦と地球温暖化とによって人類があらかた滅亡しているというのが一番ありうるシナリオかもしれない。そうなればレアアース資源が残っていても意味がない。

いずれにせよ、かつて「20年以内にレアアース資源が枯渇する」と専門家たちが警告した中国においてさえレアアースはまだ無尽蔵にある。結局、専門家たちもレアアース(中国語では「稀土」)という名称に引きずられて、その資源の見通しを誤っていたのではないか? あるいは専門家たちはレアアースが実は無尽蔵にあることを重々承知のうえで意図的に危機感を煽っていたのではないかという疑いさえ生じてくる。

レアアースは「レアメタル」の一種だとされているが、レアアース以外に「レアメタル」に分類されている多数の金属も実は同様の状況にある。つまり本当は資源が豊富なのに、「レアメタル」に分類されているために、希少だと誤解されている。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相、ガザ病院攻撃に遺憾の意 「目標はハ

ワールド

中国は200%の関税に直面、磁石供給しなければ ト

ワールド

金正恩氏と年内に会談したい=トランプ氏

ビジネス

米7月新築住宅販売0.6%減65.2万戸、住宅市場
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 2
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」の正体...医師が回答した「人獣共通感染症」とは
  • 3
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密着させ...」 女性客が投稿した写真に批判殺到
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 7
    アメリカの農地に「中国のソーラーパネルは要らない…
  • 8
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 9
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 8
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 9
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 10
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story