コラム

EVに次いで車載電池も敗戦?──ここぞという場面でブレーキを踏んでしまう日本企業

2022年07月20日(水)14時34分

日本の太陽電池産業にとっての決定的な分岐点は2007年だった。この年、スペインもドイツと同様の太陽光電力の買い取り制度を始めたことにより、世界全体で太陽電池の生産量が5割も伸びた。Qセルズやサンテックなど外国メーカーが軒並み生産量を大きく伸ばす中、日本メーカーはどこも反応が鈍く、シャープなどは生産量を前年より16%減らして世界トップの地位から陥落した。

なぜ日本メーカーだけ波に乗れなかったのだろうか。それは原料の多結晶シリコンの争奪戦に日本メーカーが参加しなかったからである。太陽電池の生産規模が急に拡大したため、多結晶シリコンの生産能力拡大がそれに追い付かなかった。Qセルズやサンテックは豊富な資金力をバックに高値で多結晶シリコンを買い漁ったのに対して、日本企業の太陽電池事業は大企業のなかの事業部が担っているため、社内で十分な資金を用意してもらえなかった。また、シャープは原料の使用量を大幅に削減する新技術を持っていたため、ここで原料を買いすぎない方がかえって得策だとみていた。

しかし、この読みは外れ、シャープなど日本メーカーはその後ズルズルと後退していった。
もっとも、2007年の勝負に勝ったQセルズやサンテックとても、その後のヨーロッパ市場の大きな変動に翻弄され、2012年から13年にかけて相次いで破産してしまった。ヨーロッパ各国が太陽光電力の高値買い取り政策を打ち出すと思いがけない投資ブームが起きたため、政策はものの数年で中止された。そうしたことが繰り返されたために、トップメーカーが数年後に倒産するという珍事が相次いだのである。

ただ、2010年代以降、太陽電池の生産コストがさらに下がり、今では発電コストが火力や原子力などと比べて遜色ないところまで来た。太陽光発電は今や高値買取政策がなくても十分にやっていけるレベルに達したため、政策によって市場規模が激しく変動することは起きにくくなっている。2020年時点での世界の太陽電池トップ10社は中国企業7社、韓国企業1社(Qセルズの事業を買収したハンファQセルズ)、カナダ企業1社(中国人が経営するカナディアン・ソーラー)、アメリカ企業(カドミウム・テルル太陽電池という独自技術を持つファースト・ソーラー)となり、日本企業は姿を消した。2007年の勝負はリスクの高い賭けではあったが、その時点で勝負から降りてしまった日本企業にはもう復活の芽は残されていなかった。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

郵送投票排除、トランプ氏が大統領令署名へ 来年の中

ビジネス

ノルウェーSWF、ガザ関連でさらに6社投資除外

ワールド

ゼレンスキー氏、ロシアの「冷酷な」攻撃非難 「訪米

ワールド

イラン、協力停止後もIAEAと協議継続 「数日中に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に入る国はどこ?
  • 4
    AIはもう「限界」なのか?――巨額投資の8割が失敗する…
  • 5
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 6
    恐怖体験...飛行機内で隣の客から「ハラスメント」を…
  • 7
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 8
    40代は資格より自分のスキルを「リストラ」せよ――年…
  • 9
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 10
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 9
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story