コラム

米中貿易戦争でつぶされる日本企業

2020年10月28日(水)10時38分

ファーウェイに対する制裁のとばっちりを受ける日本企業 Gonzalo Fuentes-REUTERS

<ファーウェイに対する制裁のはずが、ファーウェイにメモリーを提供しているキオクシア(旧東芝メモリ)や画像センサーを提供しているソニーが苦しんでいる>

今年9月28日にキオクシアホールディングスが東京証券取引所への上場を当面延期することを発表した。

キオクシアという企業名に聞き覚えのない読者のために急いで補足しておくと、この会社はもともと東芝のICメモリー事業部であったものが2017年に分離されてできた。

東芝は2006年に原子力発電設備の老舗メーカーである米ウエスチングハウスを6000億円で買収した。当時、地球温暖化問題の解決につながるとして再評価されていた原子力発電の将来に賭けた決断であった。しかし、そうした期待は2011年の東日本大震災によって起きた福島第一原発の大事故で一気にしぼみ、東芝は一転して大きな負の遺産に苦しむようになる。

東芝の経営陣は経営悪化の実態を隠すために利益の粉飾に手を染め、水増し額は7年間で2306億円に達した(小笠原啓『東芝・粉飾の原点』日経BP社、2016年)。のちにこれより2桁少ない金額の支出予定を有価証券報告書に記載しなかったという嫌疑で日産のカルロス・ゴーン会長(当時)が逮捕されたが、投資家の目を欺いた点ではその何十倍も悪質な東芝の巨額粉飾に対しては、結局誰も刑事責任を問われていない。

3カ国連合のキオクシア誕生

粉飾のベールをはぎ取ってみると、東芝は倒産寸前の状態にあった。倒産を回避するために東芝はリストラと事業部の切り売りを進めた。東芝にとっての稼ぎ頭は電子デバイス部門で、2015年3月期には同部門が全社の営業利益(1704億円)を上回る2166億円の利益をあげていた。この部門にはフラッシュメモリーという強力な製品があった。NAND型フラッシュメモリーは東芝の社員が発明したもので、いまでこそサムスン電子に世界トップの座を譲り渡したものの、なお2割前後の世界シェアを有している。

NAND型フラッシュメモリーはいまや東芝にとってのみならず日本の半導体産業にとってもただ一つだけ世界で戦える製品となってしまった。かつてDRAMで世界の8割を制するなど世界一の生産額を誇っていた日本の半導体産業は、今は見る影もないほど衰退したが、NAND型フラッシュメモリーだけはかつての栄光を保っている。

しかし、その虎の子を擁するICメモリー事業部を東芝は2018年に米投資ファンドのベイン・キャピタルを中心とする企業コンソーシアムに部分的に売却した。会社を救うための現金を得るには最も高く売れる事業部の株を売らざるをえなかったのだ。予定では2020年10月に、キオクシアホールディングスと名前を変えた元東芝のICメモリー事業を株式上場し、韓国SKハイニックスも資本参加して、日本(東芝とHOYA)、アメリカ(ベイン・キャピタル)とSKハイニックスが出資する企業に生まれ変わるはずであった。そして上場によって調達した資金を設備投資に充て、首位のサムスン電子を追尾するつもりであった。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪

ビジネス

ソフトバンクG、米デジタルインフラ投資企業「デジタ

ビジネス

ネットフリックスのワーナー買収、ハリウッドの労組が

ワールド

米、B型肝炎ワクチンの出生時接種推奨を撤回 ケネデ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story