コラム

マスク不足はなぜ起き、どうやって解消すべきなのか

2020年04月13日(月)17時20分

日本の経済学者たちは世間に嫌われることを恐れているのか、マスクの値上がりによって供給不足が克服されるはずだとか、投機の禁止など意味がないと声高に主張する人はいないようである。管見する限りは「マスクの小売価格を2倍にしてはどうか」と提言している安田洋祐氏が唯一の例外である(『日本経済新聞』2020年3月25日)。

だが、マスクの不足を根本的に解消するには生産を拡大することが必要であり、そのためには価格上昇という刺激が有効である。実際、中国でも、一方では政府がマスクを固定価格で買い上げて医療機関など必要なところに回したりしたが、他方では不織布の価格上昇によって供給拡大が刺激された。つまり政府の介入と市場メカニズムという両輪を通じてマスクの供給不足が解消へ向かったのである。

新型コロナウイルスは対策がうまく行けば3か月ぐらいで終息するはずなので、マスクメーカーは終息後に過剰設備になるのを恐れて投資を躊躇するであろう。政府が補助金を出せばそうしたメーカーの懸念を和らげることができる。また、マスクが増産できるまで一定の期間が必要であり、それまではマスク不足が続く。日本でもマイナンバーを活用すれば、韓国のように、国民1人が1週間に買えるマスクの量を2枚までに限定することができるはずである。マスクの購入制限によって需要を抑制しながら、補助金によって企業の増産を促すというのが当面の政策として有効である。

アベノマスクよりも

しかし、マスクの生産が本格的に拡大するためにはやはり企業の積極的な投資が必要である。4月11日には、ソフトバンクグループの孫正義会長が中国の自動車メーカーBYDと提携して月3億枚の不織布マスクを日本に供給する計画を表明した。これが実現すれば日本のマスク不足は大きく緩和するはずである。孫会長は利益を上乗せしないで販売すると表明しているが、営利企業であるのだから遠慮なく適正利潤を上乗せすべきだと思う。

一方、安倍首相が4月1日に表明した、国内の5000万世帯に布マスクを2枚ずつ配布する計画、いわゆる「アベノマスク」計画は国の資金をドブに投じる愚策というほかない。これにかかる費用が466億円だというから、店で買えば1枚200円程度のマスクを配るのに466円かけるわけで、効率が悪いことは小学生にもわかる。

前に述べた経済産業省のマスク生産設備の導入に対する補助金として政府が準備した予算は約6億円であった。それだけで月産6760万枚の生産能力の増強ができるのだから、もし466億円かければ月産50億枚以上の生産能力が形成できる計算になる。実際にはそこまでの資金を投じなくても、政府の適切な介入と市場メカニズムの両輪を回せばマスク不足を解消できるはずである。

▼参考文献
金明中(2020)「日本が韓国の新型コロナウイルス対策から学べること──(2)マスク対策」Newsweek日本版コラム『日韓を読み解く』4月10日
田中鮎夢(2020)「不織布マスクの輸出入:パンデミックの下でマスク不足にどう対処すべきか」国際貿易と貿易政策研究メモ、経済産業研究所ホームページ、4月2日掲載。
Bown, Chad P. (2020) "Covid-19: China's exports of medical supplies provide a ray of hope." Peterson Institute for International Economics., March 26.
Wang, Hui (2020) "China denies banning export of face masks" CGTN, March 6.

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プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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