コラム

マスク不足はなぜ起き、どうやって解消すべきなのか

2020年04月13日(月)17時20分

国内でマスクが不足している時にマスクが海外へ流出していれば、政府はマスクの輸出を阻止したくなる。実際、韓国だけでなく、ドイツ、フランス、アメリカも今回の感染拡大のなかでマスクの輸出を禁止する措置をとった。しかし、輸出禁止はマスク価格の低下をもたらして国内のマスクメーカーの生産意欲を損ねる恐れがあるし、同じような苦境にある外国をさらに苦しめることになるため、報復を招きやすい(田中、2020)。

幸いにも日本政府はマスクの輸出を禁止することはなく、中国で感染が爆発していた2月にはむしろ日本の地方自治体や友好団体が中国にマスクを寄付した。3月になって日本で感染が拡大すると、今度は逆に中国の地方政府や企業が日本に大量のマスクを寄贈するようになった。つまり、2月に日本がマスク輸出を禁止せず、むしろ中国と連帯する姿勢を見せたことが、今日のマスク不足を多少なりとも緩和する役に立ったのである。世界が同時に感染拡大に見舞われるなかでは、各国政府は自国での生産拡大を促進するとともに、マスクの国際的な流通を妨げないことが重要である。感染爆発は国による時間差を伴いながら起きているので、各々の時点で最も必要とされる国にマスクが向かうようにすることは、世界全体としてより早くウイルスを克服することにつながる(田中、2020)。

世界のマスク需要はこれからも増えていく

新型コロナウイルスへの感染はいまやヨーロッパ、アメリカ、南米、さらにアフリカへと広がっており、世界でのマスク需要は今後さらに拡大していくであろう。中国のマスク生産能力が大幅に拡大したものの、世界のマスク需要はそれ以上に増え、中国産マスクの奪い合いになる可能性が高い。従って、日本が今後マスクの供給を確保するには国内での生産拡大を進めていくことが必要である。

実際、経済産業省は2月末からマスクの生産設備を導入する企業に対して補助金を出す政策を開始した。3月下旬までに13社の企業が補助金を受け、不織布マスク月産6760万枚分の生産能力が増える見通しとなった。しかし、日本でのマスク需要は目下月間9億枚ぐらいに増えていると思われるので、月産7000万枚足らずの増産では焼け石に水である。

経済学者は、マスクの不足はマスクの適正な値上げを通じて解決されるべきだと考えるであろう。もしマスクの値段が上がればマスクメーカーは増産意欲を高めて供給を増やすし、これまで余分にマスクを買い込んでいた人はマスクを買い控えるので需要は減り、需給の均衡に向かうはずである。

世間では、マスク不足は、マスクを買い占めてネットショップなどに転売する人たちによって引き起こされていると思っている人も多いようである。世論に押されたのか、日本政府は3月15日にマスクの転売行為を禁止する措置をとった。しかし、経済学者の多くは、投機行為は供給不足が原因で起きるものであり、投機行為が供給不足をもたらすわけではないと考えるであろう。投機は供給不足の存在を知らせるシグナルなので、それを禁止することはかえって価格メカニズムの作用を阻害すると主張する経済学者もいる。私もマスク不足を解消する王道は価格メカニズムを利用することと補助金政策であり、転売を禁止することには意味がないと考えている。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルとパレスチナの「長い悪夢」終わった、トラ

ワールド

イスラエル首相、ガザ巡るエジプト会合に出席せず

ワールド

人質と拘束者解放、ガザ停戦第1段階 トランプ氏「新

ワールド

ノーベル経済学賞に米大教授ら3氏、技術革新と成長の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 9
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 6
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 7
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 8
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 9
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 10
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story