コラム

「さよならアジア」から「ようこそアジア」へ

2019年09月19日(木)11時05分

最晩年にはアベノミクスによる日本の復活に期待をかけていた。だが、安倍首相が「悪夢のような」と形容した民主党政権の最終年の2012年に、日本のGDPはまだアジアの30%を占めていたのが、安倍政権の6年間を経た2018年には18%にまで落ちた。

私はなにも日本人をがっかりさせるためにこれらの事実を指摘しているわけではない。日本だって、一人当たりGDPを見ればバブル経済が終わった1991年以後もゆっくりとではあるが着実に成長してきているのだ。ただ、周りの国々が日本より速く成長したため、日本が「掃き溜めの鶴」から、周りを元気のいい動物に囲まれた「動物園の鶴」になっただけなのである。

それに日本がバブル崩壊やリーマンショックなど幾多の試練に見舞われながらもプラス成長を維持できたのはむしろアジアの成長のおかげである。1986年には、日本の輸出の42%が北米に、18%がヨーロッパに向かっており、アジア向け輸出の占める割合は25%にすぎなかった。その時点では、アジアと絶縁し、欧米とだけ貿易したとしても日本はわりと平気でいられたであろう。しかし、2018年には日本の輸出の55%がアジア向けで、北米向けは20%、ヨーロッパ向けは12%まで落ちている。もし長谷川氏の忠告に従ってアジアと絶縁していたとしたら、日本の今日の輸出の半分以上が存在しない。日本のGDPは顕著に縮小し、日本人は確実に貧しくなっていただろう。

アジアの成長で日本にも利益

実際には1986年以降、長谷川氏の忠告にもかかわらず、日本企業はアジアに多大な投資をし、技術を移転してきた。アジアの多くの国に対して政府開発援助(ODA)も行ったし、アジア経済危機で多くの国が苦境に陥った時には日本政府が助けの手を差し伸べた。

日本以外のアジアが急成長し、日本の経済力がアジアのなかで相対的に小さくなったことに対して日本は少なからぬ貢献をしているのである。そしてその効果は日本のアジア向け輸出の拡大や投資に対する収益として日本にも跳ね返ってきている。

だがそれでも日本の官界や経済界のリーダーたちの間に、長谷川氏のようにアジアを見下す傾向、あるいは見下したいという願望が見え隠れしてきたことは否めない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ大統領、内国歳入庁長官を解任 代行はベセン

ワールド

米ロ首脳、15日にアラスカで会談 ウクライナ戦争終

ビジネス

アングル:米関税50%の衝撃、インド衣料業界が迫ら

ワールド

プーチン氏、中印首脳らと相次ぎ電話会談 米特使との
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 2
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何か?...「うつ病」との関係から予防策まで
  • 3
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トップ5に入っている国はどこ?
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 6
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 7
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 8
    今を時めく「韓国エンタメ」、その未来は実は暗い...…
  • 9
    パリの「永遠の炎」を使って「煙草に火をつけた」モ…
  • 10
    「ホラー映画かと...」父親のアレを顔に塗って寝てし…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザ…
  • 9
    こんなにも違った...「本物のスター・ウォーズ」をデ…
  • 10
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 10
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story