コラム

訪日動向から中国の景気を占う

2015年10月27日(火)17時00分

 訪日客の増加は、中国が経済成長して国民が着実に富裕化している表れと解釈するほかありません。訪日客の増加は日本経済にとってもプラスになりますし、なによりも日本を旅行した中国人たちは日本に好印象を持って帰ることが多いですから、その積み重ねが日中関係にも好影響をもたらすことが期待できます。

 このように中国からの訪日客の増加は私にはいいことづくめのように思えるのですが、しばらく前に私のところに取材に来た日本の某テレビ局のスタッフたちは、中国人たちが日本で「爆買い」するため中国ではモノが売れなくなって不況にますます拍車がかかるのではないか、と言っていました。誰に吹き込まれたのかわかりませんが、どんなにいいニュースにもネガティブな解釈をひねり出すその才能にはほとほと感心させられました。

 いうまでもなく、500万人は中国の人口の270分の1にすぎませんから、その人たちが日本でたかだか数十万円使うことによる中国経済にとっての機会損失はゼロではないにしてもほとんど無視していいほどの金額です。

 これはモルガン・スタンレーMUFG証券のレポートから学んだことなのですが、ある国が豊かになるにつれて、その国の国民のうち海外旅行に出かける人の割合が増えていきます。日本でこの法則が成り立っていることを図1を使って説明しましょう。

 図1では日本の米ドル換算の1人あたりGDPと、出国日本人数を総人口で割った値とを比べたものです。日本国内で消費する限りは、日本円で計算した1人あたりGDPが日本の豊かさを表す指標ということになりますが、海外旅行で使うのは米ドルなどの外貨ですから、米ドルで測った時の1人あたりGDPが外国から見た日本人の平均的な豊かさということになります。

marukawa151026-graph01.jpg

 図1で示したように、米ドル換算の一人あたりGDPと、出国する日本人の割合という二つの線は多少のズレは伴いながらもほぼ同じように動いています。ここからわかることは海外旅行に行く人の割合は1996年までまっすぐ増加し、それ以降は上下動を伴いながらもほぼ横ばいになっていることです。

アベノミクスは日本人を貧しくした

 一般の理解では日本のバブル経済は1991年に終わり、その後は経済の停滞が続いているとされていますが、実は日本人の富裕化の物語はバブル崩壊後も1996年まで続いていたのです。なぜかと言えば、バブル崩壊後も円高が進展したので、米ドル換算の1人あたりGDPが1995年まで急上昇を続けたからです。最近の動きをみると、2013年以降はアベノミクスによる円安のためドル換算の1人あたりGDPが急減していますが、出国する人の割合もこれと軌を一にして減少しています。つまり、海外旅行という観点から言えばアベノミクスは日本人を貧しくしました。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英建設業PMI、6月は48.8に上昇 6カ月ぶり高

ビジネス

中国の海外ブランド携帯電話販売台数、5月は前年比9

ビジネス

焦点:英で「トラスショック」以来の財政不安、ポンド

ワールド

中国商務省、米国に貿易合意の維持求める 「苦労して
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「コメ4200円」は下がるのか? 小泉農水相への農政ト…
  • 10
    1000万人以上が医療保険を失う...トランプの「大きく…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 8
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 9
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story