コラム

園児バス置き去り死とその報道に見る、「注意不足」のせいにする危うさ

2022年09月16日(金)20時05分

4 日本のドラマや映画には、見るからに異常という犯罪者がしばしば登場する(犯罪原因論)。しかし海外のドラマや映画では、「機会の連鎖の結果が犯罪」というリアリティが的確に描かれている(犯罪機会論)。

5 イギリスの「犯罪及び秩序違反法」は、地方自治体に対して、犯罪防止に配慮して各種施策を実施する義務を課している。自治体がこの義務に違反した場合には、自治体が被害者から訴えられる可能性がある。例えば、犯罪機会論を無視して設計された公園で事件が起きた場合、莫大な賠償金を支払うことになるかもしれない。

6 交通事故の防止に有効とされる手法にハンプ(英語で「こぶ」の意)がある。車の減速を促す路面の盛り上がりで、通過する車は嫌でもスピードを落とさざるを得ない(入りにくい場所)。世界中で当たり前に設置されているが、日本では普及が進んでいない。

7 プールは「入りやすく見えにくい場所」である。かつて「水中の格闘技」と呼ばれる水球でも、水面下で相手の水着を引っ張ったり、つかんだりといった反則が横行していた。そこで、水の透明度を高める化学薬品を採用し、以前より水中を見通せるようにした。

8 海外のトイレでは、日本と異なり、男女別の身体障害者用トイレを設置したり、男女それぞれのトイレの中に障害者用個室を設けたりしている。男性用トイレの入り口と女性用トイレの入り口を左右にかなり離したり、建物の表側と裏側に設けたりすることも珍しくない(入りにくい場所)。

9 日本の公園では、犯罪機会論の基本である「ゾーニング(すみ分け)」が進んでおらず、「みんなの公園」という意識が強い。海外の公園では、子ども向けエリアと大人向けエリアを、フェンスやカラーで明確にゾーニングし、遊具は子ども向けエリアに、樹木は大人向けエリアに集中させている(入りにくく見えやすい場所)。

10 警察の警備において、犯罪機会論が基本理論になっていない。つまり、「ゾーニング」や「多層防御」の戦略や戦術が乏しい。その結果起きたのが、安倍元首相銃撃事件だ。暗殺が実行されたのは、そこが「入りやすく見えにくい場所」だったからである。

防げる事故や事件は、確実に防いでいきたい。それが、犠牲になった子どもへの、せめてもの供養である。

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページはこちら。YouTube チャンネルはこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

東証、ニデックを特別注意銘柄に28日指定 内部管理

ビジネス

HSBC、第3四半期に引当金11億ドル計上へ マド

ビジネス

日本国債の大規模入れ替え計画せず、金利上昇で含み損

ビジネス

米FRB議長人事、年内に決定する可能性=トランプ大
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水の支配」の日本で起こっていること
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 5
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 6
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下にな…
  • 7
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 8
    1700年続く発酵の知恵...秋バテに効く「あの飲み物」…
  • 9
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 10
    【テイラー・スウィフト】薄着なのに...黒タンクトッ…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story