コラム

日本特有の「不審者」対策がもたらした負の影響

2022年02月17日(木)11時20分

このように、「人」の外見から、犯罪をたくらむ者を発見するのは不可能だ。したがって、犯罪原因論に基づく防犯対策に有効性は認められない。さらに、このやり方では副作用も大きい。

例えば、無理やり「不審者」を発見しようとすると、平均的な日本人と外見上の特徴が異なる人の中に、「不審者」を求めがちになる。そうなると、不審者扱いされてしまうのは、外国人、ホームレス、知的障害者だ。

例えば、朝日新聞(2000年12月26日付)は「警視庁地域部が東京都内各署に配った防犯チラシに『中国人かな、と思ったら110番』などの表現があり、『配慮に欠ける』との指摘を受けた同部がこれを回収していた」と報じたことがある。

私がいただいた、知的障害児の親からの手紙にも、「防犯活動や巡回パトロールが活発になるに従い、不審者と誤解されてしまう事も多く、私達保護者や養護学校関係者は心を痛めております。勇気を出して外出しても、不審者と間違われたり、冷たい視線等に出逢い、外出嫌いやトラウマになってしまう子どもや保護者もおります」と書かれてあった。

これでは、差別や排除が生まれ、人権が侵害されてしまう。人権が尊重されない社会では、犯罪という人権侵害もはびこる。実際、残念ながら、間違った地域安全マップが多数作製され(実態は、不審者マップ)、そこには、知的障害者やホームレスが登場している。もちろん、私が考案した「地域安全マップ」は、犯罪機会論に基づいているので、そこには「人」は一切登場しない。

「不審者探し」で弱まる地域ネットワーク

犯罪原因論が行き過ぎると、子どもを避ける大人も増やしてしまう。

朝日新聞(2006年11月17日付)は、防犯ボランティアの言葉として、「気になる子供がいても『不審者と間違われるのでは』と声をかけづらく感じる」と報じたことがある。同年の福井新聞によると、滋賀県警察の捜査員が福井県で犯人を逮捕した際、地名を確認するため、近くの民家を訪問し、応対した小学6年生の女児に警察手帳を見せて住所を尋ねたところ、児童の話を聞いた母親が学校へ連絡し、学校は不審者情報として注意喚起の文書を配布したという。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英総選挙、7月4日に実施 スナク首相が表明

ビジネス

〔ロイター調査〕米S&Pの年末予想中央値5300近

ビジネス

米4月中古住宅販売、前月比1.9%減の414万戸 

ビジネス

英アングロ・アメリカン、BHPの3度目の買収案拒否
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結果を発表

  • 2

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の大群、キャンパーが撮影した「トラウマ映像」にネット戦慄

  • 3

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新幹線も参入

  • 4

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 5

    魔法の薬の「実験体」にされた子供たち...今も解決し…

  • 6

    「テヘランの虐殺者」ライシ大統領の死を祝い、命を…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    イスラエルはハマスの罠にはまった...「3つの圧力」…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 10

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story