コラム

コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務所の「失敗の本質」

2023年09月15日(金)19時54分

「創業家支配企業」でガバナンスを構築する難しさ

第三に、今回の事件は「創業家が100%株式を所有している企業でガバナンスを構築することがいかに難しいか」を示している。中古車販売業ビックモーターの保険金不正請求事件でも問題となったが、会社法が要求する内部統制構築義務は創業家完全支配型企業では実効性を確保することが難しい。取締役会は開かれず、全てが創業家の胸三寸で決まり、周囲は忖度するばかり。東証コーポレートガバナンス・コードが要請するような企業統治(ガバナンス)は、全株式を創業家が保有する非公開会社では「無いものねだり」になる。

本来であれば、そうした創業家完全支配企業であればこそ、事業の継続性と企業の持続可能性(サステナビリティ)を担保するために、外部の視線を組織内に注入できる人材を確保していくべきであろう。しかしジャニーズ事務所はそうした人材を「不要」とみなしていた。その奢りこそが、BBCという「外からの指摘」を軽視し、「ビジネスと人権」というグローバルな潮流を見誤り、そして日本国内の世論をも侮る結果をもたらしたのだ。

今回の事件では、圧倒的な影響力を持つ性加害者に対して被害者が一種の「愛着」を感じてしまう心理現象「トラウマ・ボンド」(外傷的絆)の存在も指摘されている。数百人を超えるとされる被害者の心理的ケアと補償は途方もなく大変な仕事になる。他方でジャニーズタレントに熱狂した青春時代を過ごしたり癒やされたりしたファンも多い。功罪を乗り越えジャニーズ事務所が今後も社会に貢献をしたいと望むのであれば、被害者救済に最善を尽くし、表紙を変えるだけでなく「所有と経営監督と執行」を分離させ、事業譲渡を含めて組織を抜本的に再編することによって、過去を実質的に清算することが少なくとも必要だ。

そうした上で改めて「明日の"私たち"へ。一歩ずつ。」と呼びかけた時に、ファンはどう応えるか。それにジャニーズ事務所の将来はかかっている。

ニューズウィーク日本版 教養としてのミュージカル入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年3月17号(3月10日発売)は「教養としてのミュージカル入門」特集。社会と時代を鮮烈に描き出すポリティカルな作品の魅力[PLUS]山崎育三郎ロングインタビュー

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

EXCLUSIVE-イラン、インド船籍ガスタンカー

ワールド

イラン新指導者、負傷で姿見せない公算 外見損傷か=

ワールド

キューバ、米と協議開始 石油封鎖の影響深刻化

ビジネス

米個人消費1月堅調、PCE価格指数前年比2.8%上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製をモデルにした米国製ドローンを投入
  • 2
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切りは常軌を逸している」その怒りの理由
  • 3
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド太平洋防衛
  • 4
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 5
    「イラン送りにすべき...」トランプ孫娘、警護隊引き…
  • 6
    「映画賞の世界は、はっきり言って地獄だ」――ショー…
  • 7
    有人機の「盾」となる使い捨て無人機...空の戦いに革…
  • 8
    北極海で見つかった「400年近く生きる生物」がSNSで…
  • 9
    謎すぎる...戦争嫌いのMAGAがなぜイラン攻撃を支持す…
  • 10
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 6
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 7
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 8
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 9
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 10
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story