コラム

コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務所の「失敗の本質」

2023年09月15日(金)19時54分

各社が「CM 打ち切り」に走った理由

第二に、「ビジネスと人権」という国際潮流が背景にあることにジャニーズ事務所が対応できていない、あるいはそれを軽視していることが明らかになったことだ。

9月7日の会見後、ジャニーズ事務所所属タレントを広告に起用していた企業の撤退表明が相次いでいる。例えば東京海上日動火災保険(相葉雅紀)、アサヒグループHD(アサヒビールブランドで岡田准一/生田斗真/二宮和也等)、日本航空(櫻井翔/松本潤等)、日産自動車(木村拓哉)、サントリー(松村北斗)、花王(中島健人)、第一三共ヘルスケア(松本潤)等の企業だが、その勢いは「ジャニーズ性加害問題当事者の会」(JSAVA) が「会としては当面、取引を直ちに停止することを希望するものではない」と表明するほどで、記者会見の中で「社名変更」や「所有と経営の分離」というカードを切っていればこうはならなかったであろう。

この7社は一つの共通点を有している。それは国連の「グローバル・コンパクト」に賛同し署名していることだ(親会社が署名している場合もある)。グローバル・コンパクトは「人権、労働、環境、腐敗防止」という4 分野について10個の原則を定めた国際的規範の一種であるが、賛同し署名・加入している企業は日本で569社(団体)、世界で23,028社(団体)に達している。

「企業は、国際的に宣言されている人権の保護を支持、尊重し、自らが人権侵害に加担しないよう確保すべきである」という原則を「普遍的な価値」として受け入れたことを表明している企業が仮に、これほどの深刻な性加害を認めた芸能事務所との出演契約を存続させるとしたら、よほどの合理的な説明を行わない限り、ESG投資を含む株主や内外ステークホルダーの理解を得ることは難しい。児童に対する性的虐待は最も強く忌避される人権侵害である。

もちろん企業がジャニーズ事務所所属タレントを広告に起用したからといって、直接的に人権侵害に加担したことにはならない。「タレントには罪はない」ことを抗弁としてタレント起用を継続するという判断もあろう。実際にジャニーズ事務所所属タレントの訴求力は強力だ。

しかし現在グローバルで大きな潮流となっている「ビジネスと人権」という規範は、企業が直接、人権侵害の当事者になってはいけないだけでなく、人権侵害の当事者から原料を仕入れたり、工場での組み立てを任せたりするような形で間接的に人権侵害を助長・援助・支援してはならないことを要求している。サプライチェーンにおける人権侵害の精査(デューデリジェンス)が要請されるのもその趣旨からであり、いわば「間接アプローチ」によって人権侵害をできる限り減らそうというものだ。ユニクロ(ファーストリテイリング)が2021年、人権侵害が疑われる新疆ウイグル地区で産出された原料を使って加工された「シャツ」をアメリカに輸入しようとして米政府に差し止められた事件では、人権侵害に企業が「間接的にも関与していないこと」を証明できるかどうかが問題となった。

ジャニー喜多川氏による性加害は個人犯罪にとどまるものではない。性加害はジャニーズ事務所として獲得した出演機会の提供や演出上の抜擢等を対価にした「手なづけ」(グルーミング)の下で行われていた。実行された場所は主に社長だったジャニー氏の私宅(合宿所)だが、業務(ビジネス)との関連性があったことは明らかだろう。タレント出演の対価は特に企業CMでは高額になる。ジャニー喜多川氏は2019年に死去しているとはいえ、性加害当時と同じ法人格を維持しているジャニーズ事務所にCM出演料の利益が帰属するとしたら、そのことを理解した上で企業が出演契約を継続させることが果たして妥当か、「ビジネスと人権」を巡る企業倫理が外国の機関投資家等から厳しく問われる可能性がある。その懸念から、各企業は慌ててCM契約の打ち切りに動き出している。

これに対してジャニーズ事務所所属タレントを出演させるメディア(主にテレビ局)の判断は難しい。CMにおける企業好感度や売上貢献度とは異なり「視聴率」の数値は即時かつ明快だ。「視聴率が取れる」ジャニーズタレントを切ることは現実的には容易ではない。しかし、民放では結局は番組スポンサー企業の判断が左右することになる。タレントによる移籍・独立の話も加速するであろう。他方で同じ公共放送のBBCが切り開いた今回の事件をNHKがどう正面から受け止めるかは、今年大晦日の紅白歌合戦にどれだけジャニーズタレントが出演するかで分かるかもしれない。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国大統領の退陣圧力強まる、野党は4日にも弾劾法案

ビジネス

南アGDP、第3四半期は前期比-0.3% 予想外の

ワールド

韓国大統領府の幹部、一斉に辞意表明=聯合ニュース

ワールド

ウクライナ、NATO加盟改めて訴え 外相会合では進
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説など次々と明るみにされた元代表の疑惑
  • 3
    【クイズ】核戦争が起きたときに世界で1番「飢えない国」はどこ?
  • 4
    JO1が表紙を飾る『ニューズウィーク日本版12月10日号…
  • 5
    NATO、ウクライナに「10万人の平和維持部隊」派遣計…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「IQ(知能指数)が高い国」はど…
  • 7
    健康を保つための「食べ物」や「食べ方」はあります…
  • 8
    混乱続く兵庫県知事選、結局SNSが「真実」を映したの…
  • 9
    なぜジョージアでは「努力」という言葉がないのか?.…
  • 10
    シリア反政府勢力がロシア製の貴重なパーンツィリ防…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式トレーニング「ラッキング」とは何か?
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 6
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや…
  • 9
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 10
    黒煙が夜空にとめどなく...ロシアのミサイル工場がウ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story