最新記事
性加害

「ジャニーズ神話」が死んだ日...潮目が変わった「公然の秘密」性加害タブー

THE END OF THE MYTH

2023年6月23日(金)15時30分
デービッド・マクニール(ジャーナリスト、聖心女子大学教授)
ジャニーズ事務所

「世界中に幸せをお届けする」という信念を掲げるジャニーズ事務所のロゴ KIM KYUNG-HOONーREUTERS

<最後までインターネットの世界になじめなかった、ジャニー喜多川。性被害者の訴えと社会の批判に本気で向き合わなければ、世界からも取り残される>

かつてジャニーズJr.(ジュニア)に属していた橋田康(37)は、20年以上も前に受けた性的暴行のことを今も忘れられない。

当時の彼はまだ13歳か14歳。ある晩、公演先のホテルでJr.仲間の少年と同じ部屋で寝ていた。するとドアの鍵が開く音がして、そっとベッドに近づいてくる足音が聞こえた。ジャニーズ事務所社長(当時)のジャニー喜多川だった。

橋田の体は恐怖で凍り付いた。すると喜多川は、マッサージで彼の体をほぐし始めた。長かった。そして「僕が疲れて、フッと力が抜けた瞬間、下着を下げられた」。

終わると喜多川は隣のベッドへ移った。その少年が何かをされている間、橋田はずっと寝たふりをしていたという。やがてドアが再びガチャッと鳴る音がして、喜多川は去った。

「自分にとっては初めての性体験」だったと橋田は言う。喜多川がいなくなると、彼はベッドから抜け出しバスルームへ駆け込み、シャワーを浴びてただただ泣いた。涙が止まらなかった。「傷ついたというより、ショックとパニック」だった。

翌朝、喜多川は再び部屋に来て橋田をバスルームに呼び、「これ」と言って1万円札を渡した。「自分の価値は1万円なんだと思った」と橋田は語る。

長らく日本の芸能界に君臨し、名伯楽と称された男による性加害問題については1960年代から報じられていた(本誌も2005年に取り上げた)。

40年以上東京で暮らすコラムニストで作家のマーク・シュライバーに言わせると、「それは公然の秘密」だった。80年代からは次々と告発本が出された。その内容は、どれも驚くほど似ていた。

例えば初代ジャニーズのメンバーである中谷良は、11歳のときに喜多川から性的な行為を受けたという。その体験は長じても自分の恋愛観に大きな影響を与えたと中谷は書いている。

恋愛はすなわち「射精する行為」だと、ずっと思い込んでいた。被害者たちはトラウマを抱え、違法行為に走る者もいた。

喜多川への非難がピークに達したのは99年。週刊文春が元Jr.‌12人による告発の連載を始め、ニューヨーク・タイムズ紙が批判的な記事を掲載するなど、海外メディアからも注目された。日本では国会の審議でも取り上げられた。

すると喜多川側は出版元の文藝春秋を名誉毀損で訴えた。裁判では被害者12人のうち2人が証言台に立ったにもかかわらず、一審の東京地裁は喜多川を支持し、02年に文藝春秋に880万円の賠償を命じた。

だが03年には二審の東京高裁が「セクハラに関する記事の重要な部分については真実」と認定し、賠償額を120万円に減額した。喜多川は上告したが、棄却された。

試写会
『クィア/Queer』 ニューズウィーク日本版独占試写会 45名様ご招待
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米財務長官、FRBに利下げ求める

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中