コラム

BBCはどうして、ハマスを「テロリスト」と呼ばないのか? 「大英帝国」が送る複雑な視線

2023年10月31日(火)20時35分

「中東を報道してきた50年間、私はレバノンやガザでの民間人を標的にしたイスラエルの爆弾や大砲による攻撃の影響も見てきた。その恐怖は今も心に残る。しかし、それを実行した組織の支持者をテロ組織だと言い始めるのは客観的な立場を保つ(報道の)義務を放棄することになる」

「私たちはどちらの側にも立たない。私たちは『邪悪な』とか『卑怯な』というような表現は使わない。私たちは『テロリスト』についても語らない。だからこそ英国だけでなく世界中の人々が毎日、私たちの発言を見たり、読んだり、聞いたりしている」とシンプソン氏はBBCニュースのウェブサイトに記している。

大英帝国主義の残滓

英ニューカッスル大学のマーティン・ファー上級講師(現代英国史)はNPO(非営利組織)のオンラインメディア「カンバセーション」への寄稿「中東紛争で露呈した分断」の中で「『ポグロム』は教室の外ではあまり耳にすることのない言葉だが、リシ・スナク英首相が下院で中東情勢に関する声明を発表した際、最初に語られた言葉の一つだ」と指摘する。

「ユダヤ人の組織的虐殺を意味するこの言葉は10月7日のハマスの行動を正当防衛とみなす人々でさえ同意するものだ。この言葉は地球上で最も難解な紛争におけるこの瞬間を特徴づけている」(ファー氏)。英国政府はイスラエルとパレスチナの2国家解決を支持する一方で、イスラエルによるパレスチナ占領地での入植地建設などの問題に懸念を表明してきた。

「保守党も労働党もイスラエルを支持しているが、パレスチナ人はハマスの行動のために苦しめられているというコンセンサスは崩壊し始めている。労働党左派や一部の学者はイスラエルの対応を『集団的懲罰』と表現している。これは論争を呼ぶ主張だが、イスラエルの同盟国間の分裂がハマスの意図したものであったのは間違いない」とファー氏は指摘する。

大規模テロやロシアの侵攻のあとフランスやウクライナへの支援を表明したイングランド・サッカー協会(FA)も10月13日のイングランド代表の親善試合でウェンブリー・スタジアムのアーチを青と白で照らしてイスラエルを支援することを拒否したとして非難された。FAは代わりにイスラエルとパレスチナの紛争の犠牲者を追悼した。

10月28日、約10万人の親パレスチナ市民がイスラエル・ハマス戦争の即時停戦を求め、ロンドン中心部でデモ行進した。ロンドンで親パレスチナの大規模デモが行われるのはこれで3週連続。ドイツ、インドネシア、パキスタン、フランス、イタリア、ノルウェー、スイスでも同様のパレスチナ支援集会が開催された。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有

ビジネス

FOMCが焦点、0.25%利下げ見込みも反対票に注

ワールド

ゼレンスキー氏、米特使らと電話会談 「誠実に協力し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story