コラム

欧州最大の音楽祭で優勝、翌日には戦場に戻っていった「ウクライナ代表」たち

2022年05月17日(火)18時51分

なぜならウラジーミル・プーチン露大統領と側近のシロビキ(軍、情報機関、内務省の国家主義者)たちの戦争目的はウクライナを国でなくすることだからだ。カルシュ・オーケストラやプシュクだけでなく、ウクライナの人々にとってこれは母なるウクライナを守る、絶対に負けることはできない戦いなのだ。

カルシュ・オーケストラが最初から祖国の代表だったわけではない。同国の大会で優勝した女性ラッパー、アリーナ・パシュが、ロシアによるクリミア併合後の2015年にウクライナを経由せずにクリミアを訪れた疑いが浮上したため、出場辞退に追い込まれた。そこで繰り上げ出場したのがプシュクらのフォークラップグループだった。

「いつの日かマリウポリにユーロビジョンの参加者とゲストを迎える」

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はカルシュ・オーケストラの優勝を受け、「私たちの勇気は世界を感動させる。私たちの音楽は欧州を制覇する。来年、ウクライナは3回目のユーロビジョンを主催する。これが最後ではないと信じている。いつの日かマリウポリにユーロビジョンの参加者とゲストを迎えるため最善を尽くす」と宣言した。

「自由、平和、再建! カルシュ・オーケストラ、ウクライナに投票してくれたすべての人に感謝する。敵との戦いに勝利し、平和が訪れる日はそう遠くないはずだ。ウクライナに栄光あれ!」とゼレンスキー氏は締めくくった。プシュクら6人が出国を認められたのは、決勝の翌日には戦場と化した祖国に戻るという条件付きだった。

恋人や妻、子供たちとのキスや抱擁もこれが最後になるかもしれない。カルシュ・オーケストラというグループ名はプシュクの出身地であるウクライナ西部カルシュにちなんでいる。ステージからプシュクは「ウクライナ、マリウポリを助けてください。今すぐ(ロシア軍に包囲されている製鉄所)アゾフスターリを助けてください!」と呼びかけた。

「私たちの文化は攻撃を受けています。私たちは自分たちの音楽を世界に紹介したかったのです。私たちはウクライナの文化と音楽が生きていることを証明するためにここにいます。戦争が始まるずっと前に、母のためにユーロビジョンの曲を書きました。でもその後、人によって違う意味を持つようになりました」と言う。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ジャクソン米最高裁判事、トランプ大統領の裁判官攻撃

ワールド

IMF、中東・北アフリカの2025年成長率予測を大

ワールド

トランプ政権の「敵性外国人法」適用は違法 連邦地裁

ビジネス

伊藤忠商事、今期2.2%増益見込む 市場予想と同水
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 10
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story