コラム

英エネルギー危機の思わぬ波紋 天然ガス高騰で食肉やビール、発泡酒に打撃 やはりプーチン大統領は侮れず

2021年09月20日(月)21時59分

イギリスは島国の上、天然ガスの備蓄が十分ではないため、8月に入ってから中小のエネルギー供給会社5社が倒産に追い込まれた。2200万世帯以上がガス供給を受け、ガス需要の38%が家庭用暖房に、29%が発電に使われている。うち1500万世帯は供給会社が請求できる価格の上限が定められているため、ガス価格が上がると赤字転落する。

イギリスでは1990年代後半に電力・ガスの小売りが自由化された。英紙フィナンシャル・タイムズによると、40社以上の零細供給会社だけでなく、大手企業の倒産も懸念される。今年初めに50社以上あった供給会社は冬には6~10社に淘汰されているだろうとも言われている。

これまでに倒産した5社の57万人は規制当局によって別の供給会社に振り替えられた。今後も倒産が続けば、別の供給会社が引き受ける方針だ。

低価格と100%再生可能エネルギーをうたい文句に国内大手のサプライヤーに急成長した「バルブ・エネルギー」社も資金繰りに窮し、メインバンクに新たな資金調達先の確保を要請した。同社は「請求金額と二酸化炭素排出量の削減という当社の使命を推進するため、さまざまな機会を模索している」との緊急声明を発表した。

英政府はエネルギーの安定供給を守るため、数十億ポンド規模の緊急対策を検討しているという。イギリスでは民営化されていた鉄道事業がコロナ危機で乗客が激減し、経営破綻を回避するため事実上、まるごと国有化された。自由化された小売りの電力市場にも政府が介入する可能性が強まってきた。

二酸化炭素も不足で食肉ラインが止まる?

天然ガスの高騰で副産物である二酸化炭素の生産も滞り、発泡酒やビール、食肉、肥料工場が深刻な影響を受けている。二酸化炭素は家畜を屠殺する前に気絶させるために使用される。英食肉業界は現在ある二酸化炭素の在庫がなくなると食肉の生産ラインが2週間以内に止まる恐れがある。すでに採算がとれなくなり、殺処分を迫られている養豚場もある。

食肉の真空パック工程で使用される二酸化炭素がなければ賞味期限が最大で5日間も短くなるという。

天然ガスは肥料工場の動力源で、肥料の生産にも使われる。このため2つの工場が無期限の操業停止に追い込まれた。その過程で出る二酸化炭素の生産も必然的にストップする。

天然ガスの高騰がもたらしたエネルギー危機は、イギリスのEU離脱によるトランク運転手、食肉処理工場の労働者不足という問題を一段と悪化させている。EU離脱で欧州のサプライチェーンからも分断されたため、ちょっとした需給の逼迫がすぐに危機に直結してしまうのだ。

二酸化炭素が不足すると果物や野菜の生産にも影響が出る。作物を育てるために温室に二酸化炭素を送り込んでいるからだ。医療分野でも外科手術に二酸化炭素が使用されている。10月末から英グラスゴーで開催される国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)に向け、二酸化炭素の排出削減が強調されているだけに何とも皮肉なクライシスではないか。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国粗鋼生産、5月は前年比-6.9% 政府が減産推

ワールド

中国の太陽光企業トップ、過剰生産能力解消呼びかけ 

ワールド

米ミネソタ州議員銃撃、容疑者逮捕 標的リストに知事

ビジネス

米FRB、金利は据え置きか 関税問題や中東情勢不透
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story