最新記事

エネルギー市場

激変する天然ガス地政学----アメリカが崩すロシア支配

2017年8月4日(金)18時38分
マリ・デュガス(ハーバード大学ケネディー行政大学院、ベルファー科学・国際関係研究所スタッフ)

バルト海経由でドイツとロシアを結ぶガスパイプライン「ノルド・ストリーム」の建設現場(2011年) Tobias Schwarz- REUTERS

<アメリカが、ヨーロッパ市場を独占するロシア企業の優位を脅かそうとしている。アメリカはヨーロッパを解放できるか?>

アメリカが、ヨーロッパでロシアの影響力に対抗する新たな手段を獲得した。液化天然ガス(LNG)だ。

地中深くの頁岩(シェール)層からの天然ガス採掘を可能にした「シェール革命」のおかげで、アメリカは天然ガスブーム。天然ガスを液化したLNG(液化天然ガス)の輸出では2020年までに世界3位になる勢いだ。

【参考記事】プーチンがひそかに狙う米シェール産業の破壊
【参考記事】「世界最大の産油国」米シェール革命はバブル

アメリカはこれを好機と捉え、世界の天然ガス市場へ支配を広げ、ヨーロッパ市場を独占してきたロシアに挑戦している。

ドナルド・トランプ米大統領は7月上旬、ドイツで開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議の前にポーランドを訪問し、アメリカはヨーロッパ向けに天然ガス輸出を保証し、「ポーランドや周辺国はもう二度と、エネルギー供給源を1つの国(ロシア)だけに依存しなくてよくなる」と言った。

ヨーロッパ諸国は、トランプが8月2日に署名し成立した対ロ制裁強化法案を非難してきた。制裁対象になるロシアの天然ガス輸出パイプラインの建設に関わるヨーロッパ企業にも適用される可能性がある。ドイツのシグマール・ガブリエル外相とオーストリアのクリスチャン・カーン首相は、「ヨーロッパのエネルギー調達はヨーロッパの問題だ、アメリカの問題ではない」として同法を批判した。

【参考記事】日本海エネルギーが熱い。メタンハイドレート、ロシアパイプラインの可能性

欧米ロシアの三角関係

欧米間やヨーロッパ域内でエネルギーをめぐる緊張が高まっている原因は、ロシアが主導するガスパイプライン建設計画「ノルド・ストリーム2」にある。

計画を進めるロシアの国営ガス会社ガスプロムは、バルト海経由でロシアからヨーロッパに天然ガスを運ぶ現行の「ノルド・ストリーム」を拡充し、ウクライナを迂回することで同国に支払うガス通行料をなくそうとしている。

「ノルド・ストリーム2」に対し、ヨーロッパ諸国の受け止め方はさまざまだ。ロシアの天然ガスの最大の消費国であるオーストリア、フランス、ドイツなどは支持している。一方、バルト3国や北欧諸国は、ヨーロッパの天然ガス市場でロシア企業の独占が強まり、地域の安全保障上の脅威になるとして批判してきた。

大西洋評議会のシニアフェローでエネルギー市場の専門家であるアグニア・グリガスは、新書『天然ガスの新たな地政学(The New Geopolitics of Natural Gas)』(ハーバード大学出版局、2017年)で、天然ガスをめぐるヨーロッパとロシアとアメリカの三角関係を理解するうえで基礎となる地政学を見事に説明している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

仏ロレアル、第1四半期売上高は9.4%増 予想上回

ワールド

独財務相、ブラジルのG20超富裕層課税案に反対の意

ビジネス

日経平均は反落で寄り付く、米金利上昇で 半導体関連

ビジネス

FRB当局者、利下げ急がない方向で一致 インフレ鈍
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中