コラム

EUがイギリスに「ワクチン戦争」を発動 ワクチン供給を脅かすエゴ剥き出しの暴挙

2021年01月30日(土)09時00分

(1)自由市場で製薬会社がワクチンを最高額入札者に販売することを許可する資本主義のアプローチ。通常、医薬品に関して世界規模で行われている。

(2)自国を最優先にするワクチンナショナリズムのアプローチ。例えばアメリカの製薬会社が最初のワクチンを製造した場合、製薬会社がワクチンを日本やドイツに売るつもりだと言えば当然、米国民は大騒ぎになり、輸出許可は下りない。EUが叫んでいるのはまさにこのワクチンナショナリズムだ。

(3)世界各国にワクチンを公平に届けるため世界保健機関(WHO)が中心になってつくるCOVAXのパートナーシップを通じたアプローチ。WHOは自由市場とワクチンナショナリズムへの反対を宣言している。COVAXのメンバーと、低所得国から中所得国のレシピエントに人口の3%、次に最大20%をカバーするワクチンを供給する人口比例方式。

(4)ワクチンを最も必要としている国に優先して配布するアプローチ。感染が急拡大し、被害が広がる国に優先してワクチンを供給する。

(5)世界中の誰もがワクチンをたくさん使うことができるよう特許を取り除くオープンライセンスのアプローチ。誰もがジェネリック(後発薬)として生産できる。

決断が早かったイギリス

市場規模が大きいEUはワクチン価格でもイギリスやアメリカに比べて優位に立っていることは筆者が作成したワクチン価格の比較表からも一目瞭然だ。オックスフォードワクチンの購入価格はイギリスが約431円なのに対して、EUは約226円。製薬会社がEUから押し付けられた要求を拒否するのは難しい。そして今回、ワクチンを確保するため、なりふり構わぬ暴挙に出た。

kimurachart0130.jpg

統計サイト「データで見た私たちの世界(Our World in Data)」によるとこれまでのワクチン接種の回数は世界全体で8248万回。首位はアメリカで2465万回、2位は中国2277万回、3位EUは1047万回、4位はイギリス792万回。しかしEU加盟国別ではドイツ210万回、イタリア165万回、スペイン136万回、フランス114万回とイギリスに比べて大きく出遅れた。

これに対してWHOのテドロス・アダノム事務局長は1月18日「これまでに49カ国の富裕国では3900万回分以上のワクチンが接種されたが、低所得国で接種されたワクチンは1カ国で25回分に過ぎない。壊滅的な道徳上の失敗だ」と、資本主義とナショナリズムによるワクチン供給の現状を嘆いた。しかし自国で接種が必要な人がたくさんいるのに他国に回す余裕など、どこの国にもない。

パンデミックに直撃され、欧州最大の被害を出したイギリスは早くから「ワクチンの集団接種で感染拡大の防波堤を築く集団免疫の獲得しかない」と出口戦略を描いてきた。移行期間の昨年からEUのルールを利用してEMAとは別にワクチンの緊急使用を承認する手続きを進めてきた。それで10年かかると言われるワクチンの10カ月承認を可能にした。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=続伸、S&Pが終値で最高値 グロース

ビジネス

再送-11月の米製造業生産は横ばい、自動車関連は減

ワールド

米最高裁、シカゴへの州兵派遣差し止め維持 政権の申

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、GDP好調でもFRB利下げ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story