コラム

EUがイギリスに「ワクチン戦争」を発動 ワクチン供給を脅かすエゴ剥き出しの暴挙

2021年01月30日(土)09時00分

早く列に並んだイギリスが先にワクチンを手に入れるのをEUは「抜け駆け」と怒り、横取りしようとしている Illustration/Dado Ruvic-REUTERS

<製薬会社の都合のワクチン納入量が予定より大幅に少なくなると知ったEUは、いち早く買い付けていたイギリス向けのワクチン差し押さえのため、EU離脱交渉ではあれだけ反対していたアイルランド国境を復活させた>

[ロンドン発]昨年末で移行期間が終わり、欧州連合(EU)から完全離脱したイギリスに対しEUは29日"ワクチン戦争"を一方的に発動した。これは大げさな意味ではなく、「平和と繁栄のプロジェクト」を騙り続けてきたEUの醜い本性をさらけ出した暴挙と言えるだろう。

EU嫌いの英タブロイド(大衆紙)は「順番を守れ! 自己チューのEUがわれわれのワクチンを要求」(デーリー・エクスプレス紙)、「だめだ、EU。われわれのワクチンを横取りさせるな!」(デーリー・メール紙)と騒いでいたが、EUはイギリスへのワクチン禁輸措置を強行した。

EU加盟国のオランダ、ベルギー、ドイツで生産している米ファイザー製ワクチン、英オックスフォードワクチンがアイルランドからイギリスの北アイルランド経由でイギリスに輸出されるのをシャットアウトするため、EU離脱協定書の北アイルランド議定書16条に基づき国境管理を発動した。

EU離脱交渉で、あれだけ国境を復活させるなとイギリスを非難し続けてきたEUが、である。何をか言わんやとはこのことだ。北アイルランドの民主統一党(DUP)のアーリーン・フォスター党首は「EUは最も卑劣な方法で北アイルランドを利用する用意があることを再び示した」と怒りを爆発させた(さすがのEUもイギリス、アイルランド、北アイルランドの厳しい批判を受け、1月29日深夜に国境管理の復活措置は撤回したが、北アイルランド側へのワクチン禁輸措置は継続)。

それだけではない。英紙デーリー・テレグラフは「欧州理事会は数日以内にアストラゼネカなどにEU基本法(リスボン条約)122条の緊急権限を行使して知的財産とデータを押収する準備をしている」と報じている。戦時下の民間企業の接収と同じである。もし、これが本当なら、もはや狂気という他ない。

昨年12月下旬、イギリスで感染力が最大70%も強い変異株が確認された際には、フランスは問答無用でドーバー海峡を封鎖し、大型トラック約1万台が立ち往生した。気に食わなければEUはサプライチェーンを一方的に止めることができるぞという脅しである。EUによる海上封鎖はイギリスの"脱欧入亜"をますます加速させるだろう。

ワクチンの買い付けが遅れたEU

騒動は、英オックスフォード大学と英製薬大手アストラゼネカが共同で開発・製造するワクチンのEUへの納入が今年第1四半期(1~3月)、当初計画より6割減の3100万回分になるとロイター通信がスクープしたのが発端だ。実際には1億回分のうち確保できるのはわずか2500万回分だった。

イギリスがオックスフォードワクチン1億回分の購入を契約したのは昨年5月。EUが最大4億回分の購入を契約したのは3カ月遅れの同年8月。英医薬品・医療製品規制庁(MHRA)は同年12月30日にオックスフォードワクチンの緊急使用を承認したのに対して、EUの欧州医薬品庁(EMA)による承認は約1カ月遅れの1月29日である。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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