コラム

婚約者の口車に乗せられ「軍師」を切ったジョンソン英首相の支離滅裂 漂流するブレグジット

2020年11月17日(火)11時14分

今回の内紛劇は大詰めを迎えたEUとの交渉でイギリス側に不利に働くのは必至だ。

「ヒキガエルのように怠惰」な強硬離脱派の保守党下院議員

「政界の道化師」と揶揄(やゆ)されてきたジョンソン氏は、「稀代の軍師」カミングズ氏が指揮する強硬離脱派の神輿(みこし)に乗っかり、国民投票に勝った。そして首相になり、昨年12月の総選挙で地滑り的勝利を収めた。

ジョンソン氏にあったのはどんな手段を使ってでも首相になりたいという願望だけで、何か自身のプランがあったわけではない。ただ、ひたすら強硬離脱の旗を振り、カメラの前でEUとの交渉のトゲとして残った魚と口づけしようとしたり、乳製品のソフトクリームにかぶりついたりしていただけのことだ。

EU離脱という超難解キューブパズルの解き方を最初から頭に描いていたのはノン・エリートの象徴カミングズ氏を置いていないだろう。カミングズ氏にとってEU離脱は制度疲労を起こしているイギリスの民主主義、資本主義、官僚機構を荒治療する外科手術の「始まり」に過ぎなかった。

英映画『リトル・ダンサー』の舞台にもなったイングランド北東部の旧炭鉱街ダラム出身。カミングズ氏はよれよれのジーンズにトレーナー姿で官邸にやって来た。富裕層を優遇する保守党を大衆政党に生まれ変わらせようとしたため「ヒキガエルのように怠惰」(カミングズ氏)な強硬離脱派の保守党下院議員に敵視されていた。

データを重視した政策を実行するため、どんどん民間人を採用したことも官僚の反発を招いた。閣僚にも議員にも官僚にも官邸の主導権をカミングズ氏から奪い返したいという力学が働いていた。ケイン氏の昇格で官邸首席補佐官のポストを奪われてはかなわない。これが内紛劇の発火点となった。

「全く中身のないお姫様」

この対立構造に目をつけたのが官邸でジョンソン首相と暮らすシモンズ氏である。彼女は保守党の広報部長を務めていたので、党内力学には精通している。彼女がどういう立場でジョンソン首相に助言しているのかはっきりしない。

しかし新たに任命された官邸の女性報道官や、女性政策ユニット責任者と緊密なネットワークを築き、隠然たる影響力を行使し始めている。ちなみに首相が官邸で婚約者と暮らすのは史上初めてという。シモンズ一派はカミングズ一派が漂わせる男尊女子の空気を毛嫌いしていたとも報じられている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ホリデーシーズンの売上高は約4%増=ビザとマスタ

ビジネス

スペイン、ドイツの輸出先トップ10に復帰へ 経済成

ビジネス

ノボノルディスク株が7.5%急騰、米当局が肥満症治

ワールド

ロシアがウクライナを大規模攻撃、3人死亡 各地で停
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story