コラム

「合意なき離脱」で英国を空中分解させるジョンソン首相 史上最短命首相の運命か

2019年08月02日(金)16時30分

ジョンソン首相公約の「10月31日にEU離脱」は前途多難(筆者撮影)

[ロンドン発]「合意があろうがなかろうが期限の10月31日には欧州連合(EU)を離脱する」と宣言している英国のボリス・ジョンソン新首相(55)の前途に早くも嵐が吹き荒れている。市民生活と企業活動を大混乱に陥れる「合意なき離脱」に突き進めば、英国は空中分解するのは必至だ。

これまで離脱を巡る発言を猫の目のように変えてきたジョンソン首相の最初の関門は8月1日投開票のブレコン・アンド・ラドノーシャー選挙区(ウェールズ)の補欠選挙。保守党の現職下院議員が議員経費の不正請求で有罪になったのを受け、出直しを目指すこの議員や自由民主党の候補者ら6人が争った。

その結果、EU残留を訴えた自由民主党が2010年の総選挙以来、議席を奪い返した。前回より得票率を14.3%伸ばした。同選挙区は2016年のEU国民投票では51.9%が離脱に票を投じ、残留は48.1%だった。しかし離脱派は保守党、ブレグジット党に二分したのに対し、残留派は自由民主党のもとに結集して共闘したのが勝因だ。

残留派は1つになれるか

一貫してEU残留を主張してきた自由民主党は7月、「ブレグジット(英国のEU離脱)阻止に全力を尽くす」と誓う同党初の女性党首ジョー・スウィンソン氏(39)を選出したばかり。スウィンソン氏は2年間、ビンス・ケーブル前党首の下で副党首を務めた。

緒戦に勝った勢いを彼女がどこまで維持できるか、残留派を1本化できるかが「合意なき離脱」派を阻止するカギとなる。スウィンソン氏は「ボリス・ジョンソンが補選で敗れたことで、合意なき離脱について有権者の政治的な委託がないことが明白になった」と勝利宣言した。

これで下院での与野党の差は、閣外協力している北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)を加えてもわずか1票。保守党内は「合意なき離脱」派、穏健離脱派、残留派に3分しており、ジョンソン首相が英国史上、最短命の首相になる可能性が膨らんできた。

テリーザ・メイ前首相を立ち往生させた最強硬派28人の1人、マーク・フランソワ保守党下院議員は、最大の争点になっているアイルランドと北アイルランド間のバックストップが取り除かれても離脱協定書には同意しないと言い放った。

バックストップとは英国とEUの将来の通商交渉が決裂した場合、アイルランドとの国境に「目に見える国境」を復活させないために英国全体がEUの関税同盟に、北アイルランドは単一市場の大半に残るという安全策だ。北アイルランドではカトリック系過激派が活動を活発化させており、女性ジャーナリストが流れ弾に当たって死亡している。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

利下げ急がず、物価懸念が雇用巡るリスクを上回る=米

ワールド

印ロ外相がモスクワで会談、貿易関係強化で合意 エネ

ビジネス

米新規失業保険申請1.1万件増の23.5万件、約3

ワールド

ノルドストリーム破壊でウクライナ人逮捕、22年の爆
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精神病」だと気づいた「驚きのきっかけ」とは?
  • 2
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自然に近い」と開発企業
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 5
    夏の終わりに襲い掛かる「8月病」...心理学のプロが…
  • 6
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子…
  • 7
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 8
    米軍が長崎への原爆投下を急いだ理由と、幻の「飢餓…
  • 9
    ドンバスをロシアに譲れ、と言うトランプがわかって…
  • 10
    フジテレビ、「ダルトンとの戦い」で露呈した「世界…
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 10
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story