コラム

ドイツ「大連立」交渉が破綻すればEUのカオスが始まる

2017年11月27日(月)14時30分

メルケル首相とシュルツ党首は党利党略を超えて3度目の大連立を組む以外に選択肢はない。ましてやシュルツ党首は欧州議会の前議長である。自分たちが撒いた種は自分たちで刈るしかないのだ。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領の任期は22年5月まで。メルケル首相とシュルツ党首が大連立を継続させれば少なくとも21年9月までドイツとEUは時間を買うことができる。その間、独仏協調を軸にイギリスのEU離脱を円滑に進める一方で、EUというシステムの信頼回復に全力を注がなければならない。

第二次大戦の荒廃から見事に欧州を蘇らせた統合の歴史の針を巻き戻してやる必要がある。たびたび戦争の原因になってきた石炭と鉄を共同管理することで平和と繁栄の礎にしようという高邁な理念はいつしか大きく歪められてしまった。

EUは世界金融危機のあと大きく開いた富者と貧者の二極構造の中で、経済的強者をさらにリッチにさせるだけの巨大システムとみなされるようになってしまったのだ。

搾り取るシステム

社会保障や教育を犠牲にした巨大バンクの救済。資産バブルを生み出した量的緩和。グローバル企業の悪質な租税回避を助長しているのはEU加盟国の銀行や弁護士、公認会計士なのだ。

極めつけが、世界金融危機と欧州債務危機の際、欧州委員長を務めたジョゼ・マヌエル・バローゾ氏の米ゴールドマン・サックスへの天下りである。EUとは一事が万事この調子なのだ。

EU離脱交渉でも「良いとこ取りは許さない」とイギリスをぎりぎり締め上げるが、それがどれだけイギリスとEU双方の企業や労働者、消費者を苦しめているか考えたことがあるのだろうか。

政治家もEU官僚も、庶民がどんなに苦しもうと何一つ困らない。EUというネオリベラリズムを極端にしたシステムの中でますます権力を強大化させているのだ。それはバローゾ氏の件を見るだけでも明らかだ。

メルケル首相にも、シュルツ党首にも、マクロン大統領にも選択肢はない。EUの信頼を取り戻す以外に道はない。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドル一時急落、154円後半まで約2円 介入警戒の売

ワールド

中国主席「中米はパートナーであるべき」、米国務長官

ビジネス

円安、物価上昇通じて賃金に波及するリスクに警戒感=

ビジネス

ユーロ圏銀行融資、3月も低調 家計向けは10年ぶり
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story