コラム

「認知症税」導入で躓いた英首相メイ 支持率5ポイント差まで迫った労働党はハード・ブレグジットを食い止められるか

2017年05月31日(水)16時00分

与党・保守党も、労働党も、ブレグジット支持では一致している。昨年6月の国民投票で示されたEU離脱という民意をメイも、コービンも尊重しているからだ。保守党が単一市場と関税同盟からも離脱するハード・ブレグジットを主張しているのに対し、労働党は単一市場や関税同盟へのアクセスを守るソフト・ブレグジット。

両党がマニフェスト(政権公約)を発表してから、コービン株が急上昇している。ブレグジット以外の争点で労働党が得点を稼いでいる。最近の政党支持率を見てみよう。最大25ポイントまで広がっていた差が一時5ポイントまで縮まった。

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さらに31日付タイムズ紙と世論調査会社YouGovが選挙区ごとに聞き取りした5万人調査で、メイは最大で20議席失い、逆に労働党は30議席近く増やし、どの政党も議会の過半数を獲得できない「ハング・パーラメント(宙ぶらりんの議会)」になるという衝撃的な結果が出た。英通貨ポンドの対ドル相場は一時、急落した。

異例のマニフェスト一部撤回

労働党支持率が急浮上したのは、富裕層への課税を強化し、再分配に重点を置いたマニフェストが功を奏したからだ。次の5年間にNHS(国民医療サービス)イングランドに300億ポンド超を投入、大学授業料の無償化、30人学級の実施など、財源をどうするかの問題はともかく、医療や教育の充実を唱えたことが支持を広げている。

これに対し、保守党失速の理由は明白だ。現在、資産を2万3250ポンド以上保有しているお年寄りは自らの介護費用を負担しなければならないが、保守党はマニフェストでこの金額を10万ポンドまで引き上げると約束した。

しかしマイホームが資産査定の対象に加えられたため、批判が噴出。お年寄りが生きている間は介護費用を支払うために持ち家を売却する必要はないものの、亡くなると家は処分され、未払いだった介護費用の支払いに充てられる。お年寄りと同居している家族は住居を失うことを恐れて、「これでは、まるで『認知症税』だ」と猛反発している。

最近の世論調査では、保守党と労働党で支持者の年齢層がはっきり二分している。下のグラフを見ると、高齢者は圧倒的に保守党、若者は労働党を支持していることが一目瞭然だ。マイホームの売却代金を介護費用に充てる「認知症税」の導入で、保守党は高齢者やその家族の離反を招いてしまった。

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メイはマニフェストから「認知症税」を撤回したが、先の予算演説で掲げた自営業者や起業家に対する国民保険料(公的年金給付金やNHSの財源)の引き上げを取り止めたのに続くUターン。マニフェストに掲げた政策を投票前に引っ込めるのは前代未聞で、超辛口のパックスマンは「最初の銃声が聞こえたとたん、総崩れする大ボラ吹き」とメイを皮肉った。

総選挙で保守党は圧倒的過半数を確保できるのか。労働党が巻き返せば、メイは強い政権基盤を築けず、EUとの交渉で弱い立場に追い込まれる恐れが膨らむ。メイのEU離脱交渉に早くも暗雲が垂れ込めている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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