コラム

韓国メディア界が背負う負の遺産

2017年08月23日(水)20時30分

チェ監督はMBC時代に財閥の問題や朝鮮戦争時の民間人虐殺問題などの番組を手がけてきたことで知られている。保守派政権だけでなく、左派政権時にも政府批判をしている。代表的な例が盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権だった2005年、ソウル大学のファン・ウソク教授によるES細胞に関する論文の捏造疑惑を扱った報道だ。

当時、ファン教授は「韓国で最もノーベル化学賞に近い人物」として、国民的なスター研究者だった。疑惑を提示した番組によって視聴者の批判が殺到。番組からスポンサーがすべて降り、番組が放送休止されるまでに至り、ファン教授への支援を惜しまなかった政府からの風当たりも強くなった。しかし、結果的にファン教授の論文は捏造であることが暴かれ、MBCの報道が正しかったことが証明されている。

KBS社長解任に力を尽くした李明博元大統領

07年12月に当選した李明博元大統領は、翌年に大統領に就任した直後からKBS社長を解任するために、力を尽くした。李明博が当選するや否や、大臣候補者らの不正についてKBSが熱心に報道してきたのが理由だ。さらに、08年5月に李明博政権が米国産牛肉の輸入を決めると、MBCとKBSはBSEの危険性について報じる。それを機に、反政府デモが70万人規模(主催者発表)にまで発展し、発足間もない李政権は危機的な状況に追い込まれた。

公共放送局の社長は事実上、大統領が選任するが、任期中に思うがまま解任することはできない。08年、李明博大統領が選んだKBSのユ・ジェチョン理事長(当時)は、私服警察を動員して会議室を封鎖した上で、盧武鉉政権時に就任したチョン・ヨンジュ社長を解任する決議案を審議し、無理やりクビにしてしまう強引な手を使っている。

2010年、政府が推進する河川整備事業について疑問を呈する報道にMBCが力を入れると、李政権はやはり盧武鉉政権時に就任した社長を辞職に追い込み、李元大統領と近しい人物を社長に選出する。

そこに反発したMBCの記者やディレクター社員らが大規模なボイコットを起こしたのだが、それを理由に、多くの記者らが現場から追い出された。その例が解雇されたチェ監督や、「追い出し部屋」に異動させられた冒頭のディレクターだ。直接的な懲戒処分を受けなくても、これまでの担当とはまったく畑違いの部署に追いやられるなど左遷されるケースも多かった。中には番組の制作現場から外され、会社が運営するスケートリンクの管理人として異動させられるケースもあった。

チェ監督は「この映画は(李政権以降の)この9年間で、公共放送であるKBSとMBCを掌握しようとする者にどのように占領されたのか、どんな戦いと犠牲があったのか記録を見せる映画だ」としている。

2012年当時、ストライキによって少なくない番組放送がストップせざるを得なくなると会社側は、1年契約など非正規でスタッフを雇い、契約更新をちらつかせることで、番組内容をコントロールした。政権批判的な番組の制作は許さず、労組から脱し、会社側についたアナウンサーが、人気報道番組のメインキャスターに起用された事例もあった。

文在寅政権による変化

文在寅(ムン・ジェイン)政権は李明博・朴槿恵政権による言論弾圧に批判的な立場だ。文在寅大統領は選挙期間中、大統領候補者らによるMBC討論番組の場で「司会者には申し訳ないが、大統領になった暁にはMBC問題も解決したい」と明言している。

しかし、MBCの現社長は朴槿恵が弾劾される前の2月に就任したばかり。任期中の社長を、文政権が李明博政権のような強引な方法を使って降ろすわけにはいかない。そのため政権が代わっても、MBCにはいまだに「追い出し部屋」が存在するなど、報道の自由が妨げられている状況には変わりない。冒頭の知人は、今年の5月、全斗煥政権に反発した87年の民主化運動についての番組制作の中断を上司から命じられ、それに従わないと懲戒処分を受けた。

プロフィール

金香清(キム・ヒャンチョン)

国際ニュース誌「クーリエ・ジャポン」創刊号より朝鮮半島担当スタッフとして従事。退職後、韓国情報専門紙「Tesoro」(発行・ソウル新聞社)副編集長を経て、現在はコラムニスト、翻訳家として活動。訳書に『後継者 金正恩』(講談社)がある。新著『朴槿恵 心を操られた大統領 』(文藝春秋社)が発売中。青瓦台スキャンダルの全貌を綴った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏、米特使らと電話会談 「誠実に協力し

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

ガザ交渉「正念場」、仲介国カタール首相 「停戦まだ

ワールド

中国、香港の火災報道巡り外国メディア呼び出し 「虚
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 10
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story