コラム

RCEPで本当に得をするのは日本──中国脅威論は論点がズレている

2020年12月09日(水)12時05分

NGUYEN HUY KHAMーREUTERS

<日本の国益を追求するため、自由貿易協定についてもっと一貫性のある論理的な議論が必要となる>

日本や中国、韓国など15カ国が東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に署名した。日本にとっては包括的かつ先進的TPP協定(TPP 11 )に続く大型の自由貿易協定だ。

国内では貿易交渉が始まるたびに、その是非について議論が行われてきたが、お世辞にも論点が定まっているとは言い難い。TPPでは国内農業保護が主な論点だったが、RCEPではこうした話題は出ず、もっぱら中国脅威論ばかりだった。

細かい違いはあるが、基本的に全ての自由貿易協定は同じゴールを目指しており、メリットとデメリットに関する評価ポイントも同一なはずだ。日本は貿易に依存する国であり、もっと論理的な議論を行わなければ国益を追求することはできない。

RCEPやTPPに代表される自由貿易協定の根拠となっている理論は比較優位説である。比較優位説とは、各国が全てを自国で賄うのではなく、それぞれが得意分野に集中し、そうでないものは輸入したほうが経済圏全体にとってメリットが大きいというものだ。

重要なポイントは国際競争力が低い国であっても、自由貿易圏に参加し、得意分野に集中すれば経済的なメリットを享受できるという点である。強い国と弱い国の双方にメリットがあるので、協定が成立し得る(そうでなければ、弱い国が参加するメリットがない)。

日本が得る利益は極めて大きい

一方で自由貿易協定は、得意な産業分野への集中化を生み出すので、新しい産業を育成しようとする途上国にとってはデメリットになる場合もある。今回インドはRCEPに参加しなかったが、その理由はまさに国内産業を保護・育成するためである。

日本のような国際競争力の高い国は、こうした心配が不要なので、自由貿易協定によって極めて大きな利益を得られる。農業など相対的に弱い産業分野は悪影響を受けるが、協定から得られる莫大な経済的利益を別の形で国内産業の支援に充当すればよいというのが基本的な考え方である。

当然ながら、これは国際交渉なので、どの国が主導権を握るのかという政治的思惑も交錯するが、それはあくまで付随物であって、覇権争いが自由貿易協定の目的ではない。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮が米国批判、ウクライナへの長距離ミサイル供与

ワールド

北朝鮮、宇宙偵察能力強化任務「予定通り遂行」と表明

ワールド

北朝鮮、「米が人権問題を政治利用」と非難

ワールド

ウクライナ総司令官、東部前線「状況悪化」 ロ軍攻勢
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story