コラム

「批判してばかりでは経済は良くならない」という話が大嘘であるこれだけの理由

2019年09月25日(水)14時50分

例えば日本では30年以上も前から女性の社会進出が議論の的となっており、女性の就労を阻む諸制度や労働環境の是正が必要であると指摘されてきた。

日本における女性の社会進出の遅れを象徴しているのが「M字カーブ」と呼ばれるグラフである。女性の年齢別の就業率をグラフにすると、日本の場合、子育ての時期と重なる25歳から35歳の部分で顕著な数字の低下が観察される。40代になるとパートなど、非正規労働者として再び働き始める人が多いことから、就業率は再び上昇するので、グラフの形は30代の部分を中心にくぼんだ形(つまりM字型)になる。

この特殊な就業形態が経済全体にマイナスの影響を及ぼしているのは明らかであり、Mカーブの解消が必要だという話は20年以上も前からずっと議論され続けてきたが、保育施設の問題ひとつとっても一向に改善される気配はない。ところが近年、M字カーブは別の理由によって急速に解消が進んでいる。それは極端な人手不足と労働者の実質賃金の低下である。

2017年における、女性(30〜34歳)の労働力人口は264万人となり、全人口に占める割合も75.2%と過去最高を記録。長年の課題だったM字カーブはあっと言う間に解消されてしまった。説明するまでもなく、M字カーブが解消した理由は、政府の子育て支援が充実したことではなく、出産しても働き続けないと生活を維持できないほど、世帯が貧しくなったからである。これに加えて、高齢化の進展による人手不足問題を放置し、労働者の確保が極めて困難になったことも影響しているだろう。

目の前の課題に対処することこそが最大の「経済政策」であり「対案」だ!

女性の社会進出も、高齢化による人手不足も20年以上も前から議論され続けてきたテーマである。抜き差しならない状況になってから対処するのではなく、もう少し早い段階で手を打っておけば、今の日本経済はまったく違う姿になっていたはずだ。

こうした主張をすると、「過去を批判するだけではダメだ!」「対案を出せ」といったお決まりの反論がやってくるのだが、対案など議論するまでもなく、すでに全部、出揃っている。諸問題をおざなりにした結果、日本経済が低迷しているのであれば、今、課題とされているテーマについてしっかりと対処すれば、それだけでも相応の効果が期待できるはずだ。
 
壮大でめまいがするようなマクロ経済政策をブチ上げる必要などさらさらなく、今、目の前にあるミクロな問題にしっかり対処することこそが、最大の経済政策なのである。

【参考記事】「戦後最長の景気拡大」について議論しても無意味である理由

女性の就業率は上昇し、M字カーブは解消されたが、お世辞にも日本の子育て環境は充実しているとは言い難い。保育施設の充実など、わずかな予算を手当すれば実現可能な話であり、必要なのは本気で実行する意思のみである(つまり、どのような利権によって、この政策が邪魔されているのか、正面から議論することである)。

日本社会が先進諸外国と比較してIT化が遅れているというのも、以前からずっと指摘されてきた事実である。だが、9月11日の内閣改造でIT担当相に就任したのは、行政の電子化に待ったをかけ、印鑑存続を強く求めてきた印章業界との関係が深い竹本直一議員であった(竹本氏は就任早々、記者会見で印鑑を残す方針を表明している)。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米カリフォルニア大関係者がトランプ政権提訴、資金凍

ビジネス

アングル:外国投資家が中国株へ本格再参入うかがう、

ビジネス

ティッセンクルップ鉄鋼部門、印ナビーン・ジンダルか

ビジネス

米テスラ、19年の死亡事故で和解 運転支援作動中に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 8
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 9
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story