コラム

若者がクルマを買わなくなった原因は、ライフスタイルの変化より断然「お金」

2016年04月27日(水)17時22分

 ただ、モノの値段には相対的なものと絶対的なものがある。絶対値が上昇を続けていても、その国の平均的な物価も上昇しているのであれば、相対的に高く感じることはない。この点で日本の消費者はかなり不利な状況に置かれている。ここ20年、日本は諸外国に比べて所得が伸びておらず、相対的な購買力の低下が進んでいるからである。

 自動車メーカーは典型的なグローバル企業であり、自動車価格は世界経済に準じて動くことになる。日本では過去20年、経済がゼロ成長だったが、諸外国は同じ期間で名目GDP(国内総生産)が1.5倍から2倍に拡大し、それにともなって物価も順調に上昇してきた。例えば、トヨタ自動車は、全体の約8割を海外で販売しており、日本国内での販売はごくわずかである。グローバル企業である自動車メーカーが、同一製品を日本でだけ安く販売するというのは現実的ではない。

 さらに困ったことに、GDPの水準は横ばいだが、労働者の所得は減る一方だ。日本における給与所得者の平均年収はここ20年、多少の上下はあるものの、一貫して下がり続けている(減った所得がどこに消えているのかは本稿のテーマとは直接関係ないので割愛する)。消費者の稼ぎそのものが減り、一方でクルマの単価が上がったということになれば、クルマが買いにくくなるのも無理はない。こうした所得の低下は特に若年層にシワ寄せが来るので、若者の購買意欲はさらに低下してしまう。

【参考記事】日本の若者の貧困化が「パラサイト・シングル」を増加させる

シェアリング・エコノミーの影響はこれからが本番

 では、国内での販売価格が安くなればクルマを買うのかというとそう簡単にはいかないだろう。低価格なクルマへのニーズは、通常、中古車市場が担うことになるのだが、日本は先進諸外国と比較して中古車市場の規模が著しく小さい。米国は新車1台に対して3倍の数の中古車が販売されているが、日本の中古車販売台数は――統計の取り方にもよるが――新車の半分程度に過ぎない。米国と比較すると、相対値で6分の1の規模ということになる。

 日本では住宅でも同じような傾向が見られ、中古住宅はなかなか売れず、業界では「新築信仰」と呼ばれている。価格が安くても中古車は敬遠されがちであり、今後もその傾向は変わらないだろう。

 若者がクルマに乗らない理由として、シェアリング・エコノミーの発達によるライフスタイルの変化も指摘されているが、その影響が出てくるのはむしろこれからである。

 今、経済学の分野では、全世界的な「長期停滞論」が活発になっており、5月下旬に開催される伊勢志摩サミットでも議題となる可能性が高まっている。長期停滞論の背景にあるのは、先進国が抱える過剰な設備である。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 5
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story