コラム

「AIがあれば英語は不要」と考えるのはあま過ぎる

2023年11月28日(火)16時00分
対人コミュニケーション

対人コミュニケーションがなければ国際ビジネスもままならない LUIS ALVAREZ/GETTY IMAGES

<世界との付き合い方を覚えるには留学や海外勤務を増やすしかなく、そのためには大規模な留学奨学基金も必要だ>

もう半世紀も前、筆者がアメリカに留学した時のこと。英語の読み書きはできたが、話すのと聞くのはまるで駄目。大学の授業で教授が言っていることは、鳥のさえずりと同じ。辛うじて指定された書物を読んで、試験をこなした。それも、1日200ページは読まないといけない建前でハンパない。1年もたってやっと、少しはものになった。つまり1年間はいや応なしの外国語の環境にどっぷりつかるのが、絶対必要だ。

そして、留学しないと絶対分からないのは「日本流で世界は渡れない」こと。大学がホストファミリーを紹介してくれたが、その家の夫妻を何と呼べばいいのか、はたと困った。日本の常識で「お母さん」と言ったら叱られ、「私はあんたなんか産んだ覚えはない。メアリーと呼べ」と言う。アメリカの建前は、横一線で皆序列なし、と思い知った。別の日には駐車違反で警察に車を持っていかれ、取りに行くとカーステレオが盗まれている。文句を言うと、「Itʼs too bad. おまえ保険かけてた?」でおしまい。自己責任の原則をたたき込まれる。


最近はAI(人工知能)を使えば、もう外国語は勉強しなくていいとみんな思っているが、甘い。契約書を翻訳する程度ならAIでいいが(それでも誤訳があれば致命傷だ)、世界でモノやサービスを売るには、カタログだけでは到底駄目。人脈を築き、信頼関係を築いてやっと販路は開ける。AIの同時通訳で面談をしのぐことはできても、食事やゴルフの席では面倒がられる。

日本社会、企業の常識は世界の非常識。海外駐在員は何でも日本の本社に伺いを立て、社内稟議で決めてもらわないといけないから、商談は皆逃げていく。日本では先輩・後輩、本社・支社・下請けの序列が態度や言葉にも表れるが、これは欧米ではNG。加えて日本人は「空気を読んで」発言するので、自分の意見がないことが多い。これでは、どこの国でも得体の知れないつまらない人だと思われる。

世界と渡り合える人材が必要

つまり言語だけではない。人間関係の在り方、企業組織の在り方の多くで日本は世界とは異なっており、AIではうまく通訳できない。言外の当然の前提、常識を付け加えてくれるAIができれば別の話だが。

では、どうする? 学校の英語教育は、「英語のできる英語教師」が決定的に少ないことがネック。英語ができる人材は、待遇のいい外資などに就職してしまう。それに生徒の全員が英語を必要としているわけでもない。だからやる気のある生徒のためには英語特別コースを作り、一般の英語教育は初歩会話と外国文化についての一般教養のコースとする。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イランとイスラエル、再び互いを攻撃 米との対話不透

ワールド

米が防衛費3.5%要求、日本は2プラス2会合見送り

ビジネス

トヨタが米国で値上げ、7月から平均3万円超 関税の

ワールド

トランプ大統領、ハーバード大との和解示唆 来週中に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 6
    【クイズ】次のうち、中国の資金援助を受けていない…
  • 7
    ジョージ王子が「王室流エチケット」を伝授する姿が…
  • 8
    イギリスを悩ます「安楽死」法の重さ
  • 9
    中国人ジャーナリストが日本のホームレスを3年間取材…
  • 10
    「巨大キノコ雲」が空を覆う瞬間...レウォトビ火山の…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 10
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story