コラム

いきり立つ「台湾有事」に盲点あり

2022年06月01日(水)14時30分

半導体の受託生産で世界シェア5割を誇るTSMCの工場(台中市)I-HWA CHENGーBLOOMBERG/GETTY IMAGES 

<ひとまず静まっている中台情勢を見れば、日本が「有事」をネタに国防予算を強化するのは不要な装備を増やすだけ>

このところ「台湾の民主主義防衛」とか「台湾有事への対応」など、勇ましい言葉がよく聞かれる。

5月のバイデン米大統領来日時のクアッド(日米豪印戦略対話)首脳会議やインド太平洋経済枠組み(IPEF)の発足など、どれも中国封じ込めが念頭にある。

それには賛成だが、「台湾有事」については今はひとまず静まっていることを指摘したい。今年秋の中国共産党大会で、終身の「党主席」(1982年廃止)の地位を得たい習近平(シ ー・チンピン)国家主席にしたら、台湾武力侵攻のような危ない橋は渡れない。

ロシアのように国際貿易から締め出される制裁を食らったらたまらないし、武力侵攻でしくじれば習の「昇任」どころではなくなる。だから中国は、次期台湾総統選で中国寄りの国民党候補が当選するよう、功徳を積み工作を重ねよう、という戦略に転じた──これが、この頃指摘されているところだ。

確かに、台湾は日米にとって戦略的に重要な地理的位置にある。ここを中国が押さえると、南太平洋での有事に米艦隊が日本の基地から現場に向かうには、台湾を大きく迂回しなければならなくなる。こうなると、日本に海軍基地を置いておく意味が激減する。日本から米軍が撤退すると、日本は現在台湾が中国に対して置かれているような地位に立たされてしまう。

それに、台湾の人たちは自由と民主主義の社会を心から愛して、これを守りたいと思っている。だから日米は、NATO諸国まで引き込んで台湾を守る──これが現在の日米豪の安保思想になっていて、日豪は最近にわかにNATOとの関係を強化しているのだ。

しかし待てよ、と筆者が思うのは、この頃台湾に行くと目に付くのは、都市の景観や郊外の人々の暮らしぶりが中国沿海部の大都市と比べても差がなくなっていることだ。

民進党が強い南部は中国が経済関係を絞っており、景気が悪くさえなっている。加えて、台湾の電子・半導体産業は世界で大きな地歩を築き、西側だけでなく中国企業とも事業を展開してきた。

1986年の日米半導体協定以後、日本が半導体製造から後退し、米企業は利益率の低い製造下流部分を台湾や韓国企業に外注するようになる。これにより現在の台湾最大手の台湾積体電路製造(TSMC)は半導体の受託生産で世界市場のシェア50%以上を持ち、これまで内製してきた米インテル社も最先端ものはついにTSMC詣でを始めている。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

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