コラム

デジタル人民元は中国停滞の始まり

2021年06月08日(火)16時00分

デジタルマネーの導入を進めている中国だが COSTFOTOーBARCROFT MEDIA/GETTY IMAGES

<カネの流れを強権的に管理することで完成する中国絶対主義体制。それがゆえに凋落へ向かうことは時代が証明している>

この前、ラジオを聴いていて、ああ、そうなのだと思った。中国ではスマホ決済が広がっているが、まだ現金も使われていて、その現金には偽札が多いのだという。

偽金=貨幣発行の「民営化」──。それはもう漢、唐の時代からあって、政府が発行する貨幣だけではとても足りないので、民間は自分で作って使い回した。価値に保証はなくとも、皆が使えば立派な通貨。今の米ドルと同じことだ。

そこで気付いたのは、いま中国が導入を始めているデジタルマネーの目的の1つは、偽金退治なのだろう、ということ。なぜならこれは中国人民銀行(中央銀行)が発行し、その流れを細部までリアルタイムで把握、管理できる。個人の銀行口座とリンクしているだけのスマホ決済と違って、デジタルマネーでの取引は人民銀行の口座を必ず通ることになるからだ。

しかもそれはブロックチェーンという電子大福帳に瞬時に記録され、後からの改ざん、粉飾は不可能。これで偽金だけでなく、同じく中国数千年の伝統を誇る官僚層の横領もなくなって、国家主席一人が社会の全てを統制する「中国絶対主義体制」が完成する。

世界は今、その中国の強権主義体制が世界2位の経済を築き(外国の資本と技術のおかげだが)、コロナ禍を抑え付けた(自分で広めたのだが)のを見て、この体制もいいかな、と思い始めている。

だが、ちょっと待てよ、と思うのだ。西側諸国が中国の上っ面に魅惑され、その強権・統制体制を模倣しようかと思い始めたちょうど今、中国は長期停滞に向けての曲がり角に差し掛かったのでないか?

歴史を思い出そう。中国の皇帝・官僚専制体制は、西暦1000年頃、宋の時代に確立された。この頃の中国経済、都市生活は、西欧の500年ほど先を行く発展ぶりだったが、それ以降、中国の経済は新局面を開くことなく停滞を続けた。エリートは権力にぶら下がって利益を貪り、権力は権力で儲かるビジネス(例えば塩の販売)を専売制で独占するので、経済が活性化しないのである。

今、中国を覆っていたいくつかの神話は剝がれ落ちてきた。経済成長率は低下し、中・東欧諸国などはチャイナマネーへの安易な期待を裏切られて中国離れを強め、王毅(ワン・イー)外相などはこれをなだめるのに必死だ。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FRBに2.5%の利下げ要求 「数千億

ビジネス

英ポンド上昇、英中銀の金利軌道の明確化を好感

ワールド

スペースX「スターシップ」、試験飛行準備中に爆発 

ビジネス

ECB、インフレ目標達成に向けあらゆる努力継続=独
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディズニー・ワールドで1日遊ぶための費用が「高すぎる」と話題に
  • 4
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    下品すぎる...法廷に現れた「胸元に視線集中」の過激…
  • 7
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 8
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 10
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story