コラム

北方領土問題で「変節」したプーチンとの正しい交渉術

2021年03月09日(火)16時00分

安倍政権時代には領土問題の進展をうかがわせたが……(写真は2019年) Yuri Kadobnov/Pool via REUTERS

<領土問題が大きく動くのはロシアの国力が大きく低下したとき、あるいは中国がロシア極東地方に野心を示す場合だ>

ロシアは昨年7月の憲法改正を受け、領土の割譲に関与した者に懲役刑を科すことができるようになった。プーチン大統領が今年2月半ば、日本との関係でこれらの規定に反することはしないと述べたことで、日本ではプーチンが変節したと騒ぎになっている。

だが、彼は何も変節していない。騒いでも、日本の独り相撲になるだけの話だ。

確かにプーチンは彼を後継に指名したエリツィン元大統領に義理立てして、当初は前向きの話し合いに応じた。エリツィンは1993年10月の来日時の「東京宣言」で、北方四島の帰属が両国間で問題になっていることを認め、これを歴史的・法的事実、法と正義の原則に基づいて解決する用意を表明。プーチンも2001年3月、当時の森喜朗首相との「イルクーツク声明」でこれを再確認した。

だが直後、森政権が退陣して小泉内閣が四島の即時一括返還要求を前面に出すと、ロシアはじりじりと姿勢を後退させた。2004年に就任したラブロフ外相はそれまでの経緯を無視し、「北方四島は戦争末期、アメリカ、イギリスとのヤルタ会談の結果、ソ連・ロシアのものになった」と語り、冷戦時代の立場に戻った。

2001年以降、ロシアは原油価格の急騰でGDPを約6倍にもして力を回復した。国力が弱かった時代にはNATOをロシア国境にまで拡張されるという屈辱を味わったことで、リベラルから青年に至るまで、主権、領土についてはナショナリズムに燃えている。それはたとえ今後、大統領がリベラル派に代わっても同じことだ。そして2014年のクリミア併合で米ロ関係が決定的に悪化したことも、アメリカの同盟国である日本に対するロシアの出方を硬化させている。

日本では今、「あんな小さな島は要らない。返還運動にカネなどかけず、ロシアに渡してしまえ」とイキがって言う人たちがいるが、そうしても見返りはない。日本はむしろ、1998年のいわゆる「日本漁船の操業枠組み協定」で得た北方四島周辺水域での漁業権(ロシアにカネを払ってのことだが)などを失うだろう。

だから今は持久戦の時。焦ることはない。領土問題が大きく動くのは90年代のようにロシアの国力が大きく低下したとき、あるいは中国がロシア極東地方に野心を示す場合だ。ロシアは日本の4倍に相当する極東の領土を清朝から奪っており、中国は都合のいい時にその歴史を「思い出す」だろう。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

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