コラム

AIとロボットが招く2030年のディストピア

2018年12月22日(土)11時40分

ユートピア経済ではモノの価格がゼロに近づきイノベーションが止まる Alpgiray Kelem/iStock.

<働かずして豊かとなり人間の経済活動が終末を迎えたとき、AIは生きる意味を見失った若者の管理に使われる?>

年の瀬。世界を見ていると、米中のなりふり構わない貿易・技術戦争とか、株式の乱高下とか、ろくでもないことばかり。現実から離れて、夢のような2030年の世界を大胆に予想してみたい。こうした気休めが現実社会についても、思わぬ発見をもたらすかもしれない。

ロボットは既に製造工場の無人化を現実化したが、これからは石油や鉄鉱石の採掘から始まって、製油・製鉄、加工・組み立てまでロボットと人工知能(AI)任せになるだろう。ロボットや生産設備をそろえるための初期投資は大変だが、減価償却で生産費用は理論上、ゼロに近づく。となると、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」共産社会どころか、「働かなくても、欲しいだけモノが手に入る」ユートピアが訪れる。

人間は終日家でゴロゴロし、ネットか何かでモノを注文すると、それがすぐに無人自動車で配達される。皆満ち足りるので、国同士が貿易戦争や資源の奪い合いをする必要もなくなる。生産設備を購入するだけのカネのない途上国も、先進国から必要なモノを欲しいだけ無人船で供給してもらえるだろう。

本当にそんなうまい話はあるのか。実は今の世界でも、それに似た話は結構ある。例えばフィンランドやオランダでは、国家が毎月の食費程度の金額を特定地域の全員に配るベーシック・インカム(最低所得保障)制度を実験済みだ。「生活保護」と、モノやサービスへの需要を人為的に膨らませて経済を回す「ケインズ政策」を兼ね合わせたものと言える。

カネのばらまきも不要に

さらにアメリカはスケールが大きく、モノの生産を国外に下請けに出して、ドルを印刷してはモノを欲しいだけ輸入している。カネをばらまいてグローバルにケインズ政策を実行しているようなものだ。もっとも米国内の格差は厳しく、低所得層にしてみれば自分たちに直接ドルを配ってほしいところだろうが。

かく言う日本もアベノミクスという名のケインズ政策で、日本銀行が円を印刷しては国債を買い入れ、GDPを下げないように努めている。これは、個人向けならぬ国家向けの最低所得保障とでも言おうか。

アメリカのように世界にカネをばらまく力はないので、国内に眠る巨額の貯蓄を国債に吸い上げて何とか経済を回している。「おかげで」今年度の税収は、過去最高の62兆5000億円が見込まれているという。

ロボットとAIが何でもやるようになる未来は、さらに別次元のユートピアになる。今の時代はまだ財政赤字やインフレ、デフレに気を付けてカネを回さなければならない。一方、ユートピアの経済ではモノの価格がゼロに近づき、貨幣で表示する価格に基づいた既存の経済理論が利かなくなる。カネがなくなれば利潤はゼロになり、誰も投資をしなくなる。何でも手に入るので、あえて富を築く意味もない。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 8
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 9
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story