コラム

トランプ政権がパレスチナ難民支援を停止した時、40カ国が立ち上がった

2018年12月13日(木)11時03分

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ベイルート近郊のパレスチナ難民キャンプ「シャティーラ」にあるUNRWAの小学校の子供たち(撮影:川上泰徳)

クレヘンビュール事務局長は「援助額を増やした国が40カ国を数えた。アジア、欧州、湾岸諸国からカナダ、ラテンアメリカまで、異なる地域の幅広い支援が得られたことの意味は大きい」と、キャンペーンの成功について語った。国際社会での支援が広がった理由については次のように言う。

「多くの国が、人道支援を政治的な理由で削減するのは間違いであり、パレスチナ人が代償を払うことがあってはならないと考えたためだ。国際社会はパレスチナ人の尊厳と、人間の安全保障や希望、さらに意欲を持つことを守らねばならないと考えた。同時に、地域の安定に対する懸念が強まった。中東はすでに多くの問題を抱えており、UNRWAの学校や医療センターが閉鎖されることで、地域がさらに不安定化することを恐れたのだ」

その言葉には、政治的な理由によるトランプ大統領の援助停止に対する批判が込められている。人道援助から離脱することへの道義的な責任とともに、それが中東の安定にも関わっていることを指摘し、大国である米国の無責任さを指摘したと理解できる。

さらにクレヘンビュール事務局長が強調した第3の要因がある。「多くの国々が多国間の枠組みで国連を支えるという国際的な仕組みを守らねばならないと強く感じたのだと思う。UNRWAが活動を止めたり、弱めたりすることは、国連による多国間の仕組みを危うくすることになるという見方が広がった」

この一件は、トランプ大統領が強調する「米国第一主義」による決定で生じた財源不足を多国間の協力で埋めたことで、人道援助活動を担う国際機関としての姿勢を示すことにもなった。

「米国はUNRWA設立以来、68年間にわたって毎年支援してくれた。それなのに今年、パレスチナ自治政府に政治的な圧力をかけるために支援を打ち切った。人々のニーズに基づく人道支援は政治によって左右されるべきではなく、守られなければならない。今回多くの国々がUNRWAを支援してくれたことは、『行き過ぎた政治化』に対してバランスをとる良い方法である」と、事務局長は語った。

「UNRWAは短期間の活動として想定されていた」

もちろん多くの困難があった。一年を振り返って「難しかったのは夏だった」と、クレヘンビュール事務局長は語った。

UNRWAの事業の中で、ガザの緊急支援やヨルダン川西岸での事業などは米国の支援に依存していた。夏になって資金が足りなくなって、それらの事業に従事していた250人の職員を解雇せざるをえなくなり、雇用創設プログラムやメンタルヘルスプログラムなどを停止することになったのだ。この時、ガザでは激しいデモがUNRWAに対して続いた。

「あの時が最も緊迫した場面だった。しかし、一年を見通せば、私たちはほとんどの事業を守ることができた。学校はすべて開校し、医療センターも活動を続けているし、ガザでの食料配給事業も継続している」と総括した。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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