コラム

死に体政権は悪あがき政策に走る

2024年03月13日(水)17時54分

もちろん、経済政策だけではない。現政権が討議している案の中には、こんなものもある。店員への暴力をあえて犯罪に定める、「過激主義」の定義を拡大する、デモ参加者のマスク着用を禁止する、戦争記念碑を傷つけることを新たに犯罪行為とする......。

さて、これらの政策の中には、対処すべき課題を明確にしているものもあるかもしれない。理屈の上では何らかの良い効果をもたらす可能性もある。問題は、慎重に検討されることなく早急に実施されそうだという点で、つまりは僕たち国民が不要な、あるいはむしろ有害な法律に苦しめられる可能性が高いということだ。不振の政権は「何かしなければ......」と考え、「やるなら今しかない!」となりがちだ。

明らかに、上記で列挙した案は最近の事件の数々に起因する。記念碑を汚損する事件が起こったり、抗議行動で覆面の参加者が暴れたり、親パレスチナデモが反ユダヤ主義に転じてしまったり、犯罪組織が店を襲撃する事件が発生したり......何かしなければ!

だが、公共の秩序を乱すことを禁止する法律は既にある。記念碑を傷つけることも既に犯罪に定められている。万引きを禁じたり、店員にも駅員にも通行人にも誰に対してでも暴行を犯罪とする法律は既にある。

既存の法律の施行だけで十分ではないだろうか。しっかり施行するには警察の増員が必要になり、刑事司法制度の負担が増し、刑務所の過密がさらに悪化するかもしれない。つまり政府は何かやっているように見せかけたいだけなのだろうか? それによって、地道に続ければ良い結果をもたらす可能性のある困難で長期的な取り組みを回避したいだけでは?

日本の「一党民主主義」に利点?

そのうえ、場当たり的な法律が政府の方針に反対したりデモを行ったりする権利を抑え付け、人々の自由を損なう危険もある。抗議行動の参加者が顔を隠したがるのにはやはり正当な理由があるのだ。内部告発は匿名が許される。

退陣間近の政権によって押し付けられたイギリス最悪の政策の1つは、1997年の鉄道民営化だ。まだ「大胆」な計画を持ち合わせているぞと証明したくなったメージャー首相による政策だった。構想もひどかったが、実施段階でもひどく失敗し、選挙での大惨事は防げなかった。それから25年以上たった今、イギリスには高価すぎて混乱しすぎの鉄道システムが残っている。一度変えてしまったものを元に戻すのはあまりに大変だったからだ。

僕は大概、日本の「一党民主主義」を羨ましいとは思わないが、1つ利点もあるのかもしれない。政権を失う恐怖に襲われて与党が無謀なあがきに走りたくなることがいかに少ないか、という点で。

ニューズウィーク日本版 大森元貴「言葉の力」
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月15日号(7月8日発売)は「大森元貴『言葉の力』」特集。[ロングインタビュー]時代を映すアーティスト・大森元貴/[特別寄稿]羽生結弦がつづる「私はこの歌に救われた」


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏の出生権主義見直し、地裁が再び差し止め 

ワールド

米国務長官、ASEAN地域の重要性強調 関税攻勢の

ワールド

英仏、核抑止力で「歴史的」連携 首脳が合意

ビジネス

米エヌビディア時価総額、終値ベースで4兆ドル突破
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 8
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    昼寝中のはずが...モニターが映し出した赤ちゃんの「…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story