コラム

死に体政権は悪あがき政策に走る

2024年03月13日(水)17時54分
ハント英財務相

国民保険料引き下げを発表したハント英財務相(3月6日) MARIA UNGER―UK PARLAMENT-HANDOUT-REUTERS

<デモ参加者のマスク着用禁止、店員への暴力は新たな犯罪に制定......次の選挙で政権を失いそうな英保守党が、見当違いな政策を実現しようと必死になっている>

いつもながらウィンストン・チャーチル元英首相は、これについても的確な言葉を残している――「民主主義は最悪の政治形態だ。これまで試みられてきた他の全ての政治体制を除けば、だが」。なぜなら僕たちは皆、議会制民主主義がどれだけ腹立たしく厄介なものになり得るか知っている。

ちょうどいまイギリスは、民主主義の素晴らしい側面の1つである、不人気な与党を選挙で懲らしめるチャンスを目前にしている。同時に、民主主義の厄介な側面の1つも経験している。苦境の政権が、性急すぎたり、必死だったり、あるいはむしろ愚かだったりする政策の数々を実現しようとするというパターンだ。

何も現政権だけの話ではないが、とはいえ現在の保守党政権は最新の例だ。ハント財務相は先日、公的債務が積み上がり増加するこの状況下で、国民保険料(事実上の所得税だ)の引き下げを発表した。保守党は選挙を見据えて有権者に「つまりは平均的労働者で年間約450㍀(約8万5000円)が浮くことになりますよ!」などと訴える必要があるため、ハントに党から圧力がかかったのだ。

この賭けに勝てば、保守党は政権を維持する。負けたら、枯渇した財源は次期政権にとっての悩みになる。さらに新政権はジレンマに襲われる。たとえ不適切な減税であってもそれを覆すことは、歓迎されない動きになるからだ(公平を期すために言うと、ハントは極めて無謀というわけではないが、現時点の予算は財政責任の限界ラインに近付いている)。

選挙前には国民をカネで釣りたくなる

過去には、財務相たちには選挙を前に経済を刺激しようと長期にわたり超低金利を維持したがる悪い癖があった。暮らしぶりが良いと実感している有権者は政権与党に満足する傾向があるからだ。問題は、選挙後に経済が過熱し、インフレを引き起こし、急激な金利引き上げが必要になり、経済を崩壊させることだった。

ブラウン財務相(当時)はモラルハザードを取り除くことで、この古典的な「好景気と破綻」サイクルを断ち切ろうとした。1997年に金利決定権を(政治家である)財務相から理論上は「独立」機関であるイングランド銀行(中央銀行)に移行したのだ。

残念ながらそれで全てが解決したわけではなかった。選挙の直前には、とりわけ自党が負けそうな場合には、財務相は何らかの方法で国民をカネで釣ったりごまかしたりしたい誘惑に駆られる。例えば酒税やガソリン税の減免や凍結などだ(これらは財務相が実現した)。一般大衆は喜ぶかもしれないが、酒代やガソリン代を少々安く保つことによって、政府が宣言した健康や環境の目標とは明らかに矛盾する。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米雇用統計、4月予想上回る17.7万人増 失業率4

ワールド

ドイツ情報機関、極右政党AfDを「過激派」に指定

ビジネス

ユーロ圏CPI、4月はサービス上昇でコア加速 6月

ワールド

ガザ支援の民間船舶に無人機攻撃、NGOはイスラエル
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story