コラム

「性別変更簡易化」スコットランドでレイプ犯が女性に性別変更

2023年02月09日(木)19時05分
アイラ・ブライソン(元アダム・グレアム)

女性をレイプした後に女性に性別変更し、女性刑務所に送られたアイラ・ブライソン(元アダム・グレアム、写真は性別変更前の姿) Police Scotland/Handout via REUTERS

<トランスジェンダーの権利擁護のため性別変更を容易にする法案を進めるスコットランドで、2人の女性をレイプした男が裁判中に女性に性別変更するという珍事が>

時折、気味が悪いほどものごとが同じようなタイミングで起こることがある。たった今、イギリス政府はスコットランド自治政府による「性別変更手続き簡易化」法案と論争を繰り広げているところだ。

イギリス政府はスコットランド政府より「上位」におり、スコットランドのこの法案を阻害しているのだが、今のところイギリス政府がスコットランド人とスコットランド議会の意志を妨害していると捉えられ、論争は続いている。同時に、スコットランド政府は自身を思いやりある未来志向の政府であると売り込み、イギリス政府を非情で保守的な存在に見せようとしている。

そんななか、奇妙で混乱する出来事が加わった。「アイラ・ブライソン」(女性の名だ)が、まだアダム・グレアム(男性の名)だった時に、スコットランドで2人の女性をレイプしたとして有罪判決を受けた事件だ。レイプの罪で起訴された後のどこかの時点で、グレアムは性別を女性に変更することを決めた。

彼にレイプされた女性たちと弁護士らは、特別に免除されたので裁判中に彼を「彼」と男性呼びして以前の名前で呼ぶことを許された。それが犯行時の名前だからだ。

だが法廷は女性をレイプした男性を今や女性として扱うという混乱の状況に陥った。「彼女はペニスを挿入した」とはかなり奇妙な文章だが、ここではそれが通用してしまうのだ。

これを報じるメディアは概して「ブライソン」の呼び名と「彼女」という言い方を使い、グレアムという「今は亡き名前」を使うのは「彼女」が「以前はグレアムという男性であって......」と述べるときだけだ。

判決を受けてこのレイプ犯は、2月末に量刑の宣告が行われるのを待つ間、女性刑務所に収監された。言い換えれば、女性への性的暴行の犯罪歴を持つ者が女性の集団の中に投じられたのだ(他の収監者と隔離はされたが)。「ブライソン」が移設され、女性刑務所では「彼女」が刑期を務めあげられないだろうと認められたのは、あちこちから非難の声が上がった後のことだった。

容赦ない批判にさらされるJ・K・ローリング

僕が興味を引かれたのは、まさにこれこそが、スコットランドの「性別変更」法案の反対派が懸念していたシナリオだからだ。法律が施行されれば、人々は16歳以降は実質、医師による判断不要で自らの性別を決めることができる。

反対派は乱用の恐れを問いただし、特別な予防手段を講じるよう求めていた。そのせいで彼らはトランスジェンダー嫌悪と決めつけられ、進歩の道を汚そうとする嘘つき呼ばわりされた。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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