コラム

イギリスを襲った悪夢の「郵便局スキャンダル」

2022年02月24日(木)19時05分

郵便局はイギリス政府の所有だから、起訴された人々にとっては、まるで国家権力が自分たちに牙をむき、自分たちをつぶそうとしているように思えてしまうだろう。

何百人もの人生がめちゃくちゃにされたことは、かいつまんで話したってとてもじゃないが短いスペースには書ききれない。不名誉、屈辱、怒り......。彼らは刑務所に入れられたり、生計が破綻したり、コミュニティーでの立場を失ったりした。自殺を考えるほど絶望した人もいれば、おそらく自殺したのだろうという人もわずかながらいた。

偶然にも、この事件で最初に公聴会に呼ばれて証言した被害者は、僕の住む町ロムフォードで2つの郵便局を運営していた人物だった。彼がBBCのインタビューで、家族を養えず無力感に襲われていると語って泣き崩れる様子は、あまりに悲痛な光景だった。

20万ポンド以上を横領したと訴えられたある人物は、2008年に3年4カ月の刑を言い渡された(一連の事件で最長の刑期だったと思われる)。彼の有罪判決は、同様の被告38人とともに、昨年ようやく高等裁判所で覆された。この法廷闘争の記録は教科書に載ってもおかしくないし、多分教科書に載るだろう。被害を受けた人数から言っても、イギリス史上最大の誤審だと考えられている。

この事件にかかった時間の長さを思うと、気が遠くなるようだ。想像するに、彼らはこんな状態に置かれていたのだろう──起訴され、潔白を訴え、人生を破壊され、何十人、いや何百人もの仲間がいることが分かり、正義を求めて活動し、それでも何十年もが費やされていく。その間に、有罪判決を受けた多くの人々が罪を晴らせぬままに死んでいった。

一方で、このスキャンダルの責任を負った人は誰一人としていない。願わくば今回の公式調査が、責任の所在を明らかにし、どんな傲慢と無能と無関心によってこんな事件が引き起こされたのかを解明することができるといいのだが。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

歳出最大122.3兆円で最終調整、新規国債は29.

ワールド

トランプ政権、元欧州委員ら5人のビザ発給禁止 「検

ワールド

米連邦地裁、H─1Bビザ巡る商工会議所の訴え退ける

ワールド

米東部の高齢者施設で爆発、2人死亡 ガス漏れか
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story