コラム

悪いことは何でもブレグジットのせい?

2018年04月20日(金)16時40分

英議会前でブレグジット反対を訴える残留派の人たち(4月16日) Simon Dawson-REUTERS

<予想に反してブレグジット決定後も大惨事は訪れていないイギリスで、EU残留派は「ポンド下落」を騒ぎ立てるなど今でも理性的でない議論を振りかざす>

前回のブログで僕は、ブレグジット(イギリスのEU離脱)の是非を問う国民投票の後にポンドが急落したが、それ以降は以前の水準に回復してきていると書いた。僕がまたしてもこんなありふれた話題を持ち出そうとしている理由は、投票後数カ月の間、ブレグジットが招く大惨事の確たる証拠として、EU残留派からさかんにポンド「崩壊」が叫ばれていたからだ。
 
国民投票の前、僕たちは(IMFや、当時の英財務大臣、イングランド銀行総裁などなどから)ブレグジットに投票すれば恐ろしい経済的な結末、例えばただちに景気は後退し、増税もやむない緊急予算を立てるはめになる、というようなことを脅されていた。これらの脅し文句が現実にならなかったので、「EU離脱でイギリスは破滅」論にしがみついていた人々は、今度は「ポンドが下落したぞ!」を叫ぶしかなくなった。

そのやり方の問題点は、第一に、通貨は頻繁に変動するということだ。僕の収入は外国の通貨で支払われることが多く、さまざまな通貨の価値に従って自分の「報酬」が上下するから、僕はこのことをよく意識している。

次に、多くのイギリス人も認めるように、「弱い」ポンドは必ずしも悪いことではない。ポンド安はインフレを招く(これは通常、悪いことだ)が、輸出を促進する(こちらは基本的に良いこと)。僕の経験では、日本経済にとって輸出は極めて重要だから、大部分の日本人はこのことをしっかり意識しているようだ。

だが一般的なイギリス人は、休暇で外国旅行したときに使える金額が減るから、それに「弱い」という響きが悪いから、という理由で、弱い通貨は悪いものと考えがちだ。

いまだに分断され理性的でない

だからイギリス人は、ブレグジットの決定でポンドが下落したことに何度も歯ぎしりしてきた。でも次第にポンドが回復していることで、ポンド下落悲観論者たちが喜びに沸いたり反省したりしている様子もない。そして、ブレグジットが明らかに「誤った」決断でありブレグジット支持者は誰であれ単純にバカだ、と主張する彼らの自信が揺らいでいる気配もない。

現在のポンドは対ドル相場でざっくりと、ブレグジット投票の6カ月前の2016年1月、あるいは投票が議題に上るずっと以前の2009年2月に匹敵する水準だ。対円では、2009年や2011年のある時期に比べて約10~20%も高い。そしてもちろん、ここ数年で、ポンドが現在よりずっと高い時期も何度かあった。

通貨変動はさまざまなケースがありブレグジット投票が前代未聞のポンド崩壊を招いたわけではないこと、そしてイギリス経済への信用に永久的なダメージを与えたわけではないことを示すために、僕はあえていいとこ取りな例を挙げている。だからといって、ブレグジットが経済に何ら影響を及ぼさないと言っているわけではない。確実に影響するだろうし、少なくとも短期的には悪影響も与えるだろう。僕は、イギリスの人々が経済的な理由というより政治的な理由でブレグジットに賛成票を投じたと考えている。

僕はブレグジットの経済分析をしようとしているわけではない。むしろブレグジットの議論をめぐる、今でもとても分断されていて(どちらの側も)非常に理性的でない現在のイギリスの空気について説明しようとしている。目につくのは、ブレグジット反対派が、ほぼあらゆる悪いニュースを「ブレグジットの直接的な影響」とみなし、あらゆる良いニュースを「まあ、まだ実際にEUを離脱していないし」と片づけていることだ。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

欧州、ウクライナ和平巡る協議継続 15日にベルリン

ビジネス

ECB、成長見通し引き上げの可能性 貿易摩擦に耐性

ワールド

英独仏首脳がトランプ氏と電話会談、ウクライナ和平案

ビジネス

カナダ中銀、金利据え置き 「経済は米関税にも耐性示
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 2
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 3
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲う「最強クラス」サイクロン、被害の実態とは?
  • 4
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 5
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    「正直すぎる」「私もそうだった...」初めて牡蠣を食…
  • 8
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 9
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 10
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story