コラム

「ブレグジット後」の経済予想が外れまくった理由は?

2017年01月27日(金)17時45分

Neil Hall-REUTERS

<ブレグジット決定後のイギリス経済は、大方のエコノミストの予想に反して好景気が続いている。今年にふさわしい言葉は、エコノミストは信用できないという「ポスト専門家」なのでは>(写真:昨年12月、ロンドン中心部で買い物を楽しむ人たち)

 昨年11月、オックスフォード辞典は「post-truth(ポスト真実)」という単語を「2016年今年の言葉」に選んだ。辞書の会社だからもちろん、彼らはこの言葉に簡潔な説明を加えた。こんな具合だ。

「客観的な事実よりも、感情や個人の信条に訴えるアピールのほうが世論の形成に影響を与える状況」

 これが「今年の言葉」になったのは、国民投票によるイギリスのEU離脱(ブレグジット)の決定(と、その後に続いたドナルド・トランプの米大統領選勝利)のせいだ。つまりイギリスの有権者は、EU加盟国であるのはいいことだという「客観的事実」を拒み、代わりに無知な抗議に一票を投じた、ということらしい。

 だが投票後の数カ月で、ブレグジットに関する多くの「公然の事実」が間違いだったことが分かってきた。たとえば、離脱を選べば確実に、イギリスは急激な経済ショックを味わう、と言われていた。実際に離脱する前でさえ、ミニ景気後退が起こるだろう、と。

 この予想は、エコノミストや専門家たち(OECD、イングランド銀行、IMFなど)に広く受け入れられていた。当時、多くの国民がこれを大げさな脅しだと叫んで受け付けなかったが、彼らは都合の悪い現実を受け入れない狂信者として片付けられた。

【参考記事】メイ首相はイギリスを「新・英国病」から救えるか?

 ところが、ブレグジット決定後のイギリス経済は、驚くほどの耐性を見せている。株式市場は史上最高値をつけ、雇用は堅調が続き、消費は活発で、製造業は成長し、住宅価格は上り続けている(最後のは個人的にはいいことだと思わないが)。投票から7カ月後の今、イギリス経済は世界有数の好景気にある。

 確かにポンドは暴落したが、多くの国が自国通貨の下落によって自国の競争力を上げることを良しとする時代にあっては、ポンド安だっていいことだともいえる。安い通貨は、輸出に有利に働くのだ(たとえばこの夏、ポンド安の恩恵にあずかろうと、イギリスには大量の外国人旅行者が押し寄せた)。

 一般的には、通貨下落による「難点」はインフレだが(輸入品の値段は上がるだろう)、現状では、少々のインフレは好都合とすら捉えられるようだ(日本政府に聞いてみるといい)。

多様性に欠けるエコノミストの集団思考

 今月、イングランド銀行のチーフエコノミストであるアンドルー・ハルデーンは、彼らが唱えていた経済予測「ブレグジット・シナリオ」がべらぼうに外れていたから、経済学の「プロ」は今後、信頼を取り戻すために必死にがんばらなくてはいけない、と語った。

 経済は何であれ予測するのが難しいことから、経済学が「陰気な科学」と呼ばれていることはみんなが知っている。問題は、エコノミストらがかなりの確信を持って、口をそろえ、ブレグジットが経済的な破滅を招く唯一の道だと主張していたことだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国民、「大統領と王の違い」理解する必要=最高裁リ

ワールド

ロシアの26年予算案は「戦時予算」、社会保障費の確

ビジネス

米8月小売売上高0.6%増、3カ月連続増で予想上回

ワールド

トランプ氏、豪首相と来週会談の可能性 AUKUS巡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがまさかの「お仕置き」!
  • 3
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story