コラム

政治と言葉の「ごまかし」を見破れ

2013年01月25日(金)11時51分

 このブログをよく読んでくれている読者は、僕がジョージ・オーウェルの大ファンだということをご存じだろう。文学やジャーナリズム、そして世界の在り方に少しでも興味のある人には、僕は必ず彼の作品を薦めている。

 多くの人にとって、オーウェルといえば反ユートピア的な傑作『1984年』が思い浮かぶだろう。確かにあの作品は素晴らしいが、僕が好きなのはむしろ、オーウェルがさまざまな形式で幅広いテーマの文章を残してきたことだ。小説だけでなく、書評や新聞のコラム、エッセーなどもある。
 
 僕のお気に入りの1つが、読み古してボロボロになったオーウェルのエッセー集だ。たぶんこれまでで一番頻繁に読み返した本だし、僕が文章を書くときに一番引用したりアイデアをもらったり言及したりしてきた本だと思う。彼の文章はものごとをより深く考えるよう促してくれる。そして僕は先日、彼の洞察力を改めて思い知ることになった。

 初めてオーウェルのエッセー『政治と英語』を読んだとき僕は、彼の主張があまり理解できなかった。オーウェルはこの中で、不正確な言葉の使い方や陳腐な言い回しは話し手の発言を曖昧にし、言葉の真の意味を隠し、明瞭な意思伝達にあってはならない「言い逃れ」を許すおそれがあると書いている。

 最終的に、これは政治の腐敗を招くことになる。政治家が何を言っているのか、いま何が起こっているのかを国民が理解できないからだ。

 どちらかといえばオーウェルは、富裕層や権力層が国民をけむに巻き、欺くためにいかに言葉を利用しているか、という点を過小評価していた。ブレア政権時代、僕はニュースがどんなに「操られて」いるかに驚かされたものだ。

 ブレアは空っぽな言葉づかいの「達人」だった。ほとんど意味のないことでも完璧に自信を持って話せるところなどまさにそのもの。よくよく考えれば内容のないことでも、ものすごく深みがあるように語る才能があった(たとえば97年のこの発言。「今後の1000年という時代に向け、我々には1000日間の準備期間がある」)。

■言葉の操作は日常生活にも

 富める者や権力者が保身のために言葉を操ったり「ねじ曲げ」たり、言い逃れをしたりする技術に長けていることは、今では誰の目にも明らかだ。ジャーナリストは本来、それを指摘してごまかしを暴くことができるはずだが、この20年ほどでジャーナリストの数も、調査報道に割ける予算も激減している。イギリスでもほかの国でも、PR業界が向上するのと歩を合わせ、富や権力が一部の層に集中する傾向が強まっている。

 ランス・アームストロングのドーピング「告白」だってそうだ。周知の事実だが、彼はつい最近まで一貫して声高に不正を否定してきた。だが動かぬ証拠が出てきたために、彼は「過ち」を認めて悔い改め、「(あくまで自分の目から見た)真実」を語って出直しを図るのがベストだと考えたようだ。

 これが戦略だということは明らかだ。しかもぞっとすることだが、今や誰もが彼の不正を知っているなか、告白を「世間にさらす」のはより効果的だと言える。

 この手のインチキは急速に常態化しつつあり、さまざまなレベルで僕たちの生活に入り込んでいる。くだらない例に思えるかもしれないが、僕は先日、電話回線の年間契約を更新しなければならなかった。電話会社のウェブサイトを見ると、「お値段は据え置き」といった言葉が目にとまった。だが実際、去年の料金は120ポンドだったのに、今年は129ポンドになっていた(インフレ率の倍以上に相当する7.5%の値上げだ)。

 そこで僕は電話会社のブリティッシュ・テレコム(BT)に電話した。担当者は最初、値上げはしていないと否定。去年は確かに120ポンドだったと僕が言うと、今度は「そのプラン(回線を1年使用する最も安いプラン)はもう廃止された」と説明した。「据え置いた」のは、2番目に安い料金プランのことだと言うのだ。彼の説明によれば、会社側は値上げをしたのではなく、「より安いプランの販売を中止した」だけだということになる。

■「オーウェル式」に警戒を

 僕は彼に、これが値上げだと認めるよう迫った。1年前に120ポンドだったものが今年は129ポンドになっているのは、どう見たって「お値段据え置き」とは呼べないはずだと。でも何度問い詰めても、彼は決して値上げだとは認めなかった。認めないように指導されているのだ。

 それだけではなく、人をカッとさせる言い回しをするよう指導されていたらしい。彼は言った。「お客様は実際のところ、昨年よりも得をしているんですよ」

 彼の主張によれば、月額払いの回線使用料は値上げになっているから、月額払いで契約を更新する場合と1年分を前払いする場合の差額は去年よりも大きくなっている、と言うのだ。

 つまり僕は、「支払う金額が上がっても値上げではない」「ほかのサービスが値上げされたから、あなたは得をしている」と言われたことになる。

 英語には「オーウェル式」という言葉があって、これはオーウェルが予見していた「何か不吉なもの」を意味する。たとえば『1984年』に描かれた政府の独裁支配などがそうだが、僕はもう1つ付け加えたい。彼が『政治と英語』で警告した「現実を覆い隠すための意図的な言葉の操作」だ。

 不愉快なのは、BTが使うこの手のごまかしが、一部の人々には効果を発揮するという点だ。BTはおそらく、以前の料金が安かったとおぼえている人のほうが少ないだろうとか、セールストークにだまされて電話会社を変えようとまでは思わないだろう、と踏んでいるのだろう。

 今の時代、メディアがこうした振る舞いを厳しく非難して大衆を守ってくれる可能性は、以前よりもずっと小さい。みんながオーウェルの予言的な言葉を読み、曖昧な言葉で張られた煙幕に用心するようになればいいのに――僕にできることは、そう期待することくらいだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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