コラム

アベノミクスが目を背ける日本の「賃金格差」

2015年07月16日(木)15時00分

 先日、海外経済誌主催のコンファレンスにパネリストとして参加する僥倖に恵まれまして、いそいそと馳せ参じて持論を展開して参りました。消費税増税に対して海外の反応がネガティブなのはある程度予想できましたが、今回のセッションでワタクシ自身がかなり意外感を持って受け止めたのは、日本の非正規労働者を含めた賃金格差の問題に海外の分析が非常にニュートラルでなおかつ踏み込んでいることでした。

 端的に言えば、低賃金の非正規雇用の増加が、国内消費の低迷を招き、それが国内需要を圧迫している、というもの。この点については単なるワタクシの印象論と受け止められる恐れがありますが、昨今発表されたILO(国際労働機関)の「世界の雇用及び社会の見通し 2015 年版」の指摘とも重なっています。こうしたセッションで日本の雇用問題が取り上げられるのはILOの報告書の内容がかなり海外では浸透している証でもあるでしょう。

 失われた日本の数十年は国内の賃金の低迷が主要因の1つであり、ここを解消すれば逆回転が発生して健全なる実体経済の活性化が期待できる。そういう意味では賃金が低迷している状況下でさらに実質的に国民から所得を奪ってしまう消費税の増税などはもっての外。実際に税率を引き下げてきたカナダを模倣して、消費税は増税ではなく引下げ(最終的には廃止へ)、賃金は引き上げへ。それが失われた十数年の処方箋です(勿論、他にも同時進行で手を付けなければならないことはあります)。実体経済が活性化すれば税収も増え財源も賄えます。

 日本で消費税とされるこのタイプの税金は海外では付加価値税と呼ばれるのが一般的です。消費税などという奇妙かつ誤解を与えるネーミングは日本だけ。消費税は消費者が負担する税金ではありません。日本の消費税法のどこを見ても消費者に納税義務が発生するなどとした記述はありません。消費税の納税者は内需関連の事業者(ただし、輸出企業の場合、輸出分についての消費税は0%)です。しかも赤字でも黒字でも売り上げがあれば必ず納税しなければならないのが消費税であり、内需事業者にとっては大変過酷な税金です。

 5%から8%へ、たかだか3%の増税と侮るなかれ。実際の税負担で考えれば1.6倍の負担増、つまり消費税5%時代に100万円の納税で済んでいたものが、8%では160万円に増えてしまうわけです。売上げが劇的に変わらない中、むしろ増税で売上げが減る中で更なる60万円の捻出は厳しいものです。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

政府、骨太方針を閣議決定 「成長型経済」実現へ不退

ワールド

トランプ氏、イランに核合意促す 「虐殺終わらせる時

ビジネス

インド、レアアースの日本向け輸出停止も 国内確保優

ビジネス

中国新規銀行融資、5月予想下回る 貿易摩擦が重荷
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    【動画あり】242人を乗せたエア・インディア機が離陸…
  • 7
    【クイズ】今日は満月...6月の満月が「ストロベリー…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    ゴミ、糞便、病原菌、死体、犯罪組織...米政権の「密…
  • 10
    【クイズ】2010~20年にかけて、世界で1番「信者が増…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 3
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 6
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 7
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 8
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 9
    プールサイドで食事中の女性の背後...忍び寄る「恐ろ…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story