コラム

熊本地震で発揮された電力会社の災害対応力は今後も維持できるか

2016年04月22日(金)18時00分

 どの電力会社にも、管内の支社で停電が起きると警報がなる仕組みがある。ある東京電力社員が次のような経験を話してくれた。「昼食時に社員食堂で警報が鳴ると、それまでごったがえしていた社員食堂からはあっという間に人が消える。マニュアルに書かれているわけではない。それが当然の行動で、文化であり、見よう見まねをしているうちに体に染みつき、やがて自分自身の「本能」となっているのだろう」

電力自由化と復旧力の関係、分析不足

 こうした復旧の取り組みは、世界でも稀なようだ。2005年にアメリカを襲ったハリケーン「カトリーナ」では1800名が亡くなったが、洪水が引いた後、3ヶ月後でも電力が復旧せず、住民の居住が放棄された町があったと報道されていた。
 
 また2012年のハリケーン「サンディ」では米国東部のニューヨーク州、ニュージャージ州では、850万世帯が停電し、復旧の遅れで、いくつかの電力会社を持つ親会社のファースト・エナジー社が批判を浴びた。同社は、停電地区から離れたオハイオ州にある。

 米国は各州で電力の制度が違うが、上記2州では90年代に発送電分離、地域電力会社を分割、民営化した。効率を重視して災害関連の設備投資を怠り、復旧力が落ちたのではないかと、メディアは批判をしている。(この事情は、GEPRの記事「ハリケーン・サンディ、電力復旧遅れの理由」を参照されたい)

 いっぽう日本では、エネルギーシステム改革で、電力とガスの自由化が進行し、電力会社の発送電分離、小売り自由化などが進んでいる。

 今回の電力自由化の議論の経緯を見てみると、2011年の福島原発事故の後で電力会社批判が強まった後で当時の政権与党の民主党が世論におもねって注目を集める政策として進めた面がある。以前からその案を持っていた経産省・資源エネルギー庁は、それに乗った形だ。

電力自由化は災害対応力を検証しているか

 私は原則として、あらゆる産業で自由競争を支持するが、電力・ガスのようなインフラ産業では、国民生活への影響が大きいので、慎重に行われるべきと考える。今回の議論では、電力会社の災害対応能力の高さをどのように維持するかについて詳細な検証が行われなかった。

 電力自由化を勧告した、経産省の「電力システム改革専門委員会報告書」(13年2月)では、災害対応と電力会社の供給能力の維持は「期待したい」「電力会社の社内文化の維持を支える制度づくりが必要」という指摘はあったが、具体策が書かれていなかった。

 これまで同一の電力会社内で済んでいた災害対策は、自由化後は会社ごとに分かれることになる。その場合、負担の仕方、人員配置のすべてを事前に決め、詳細な制度設計が必要になるだろう。広範囲の電源喪失や送配電網の復旧の対応まで、突き詰めた取り決めをしなければならない。

 もう制度改革の後戻りはできない。今年4月から小売りの自由化が始まり、2022年までに強制的に今後、各電力会社の発送電は分離される予定だ。既存電力のよい伝統を評価した上で、災害時の「もしも」を突き詰めないと、今回の熊本地震が、「日本のインフラ復旧、最後の成功例」になってしまいかねない。

プロフィール

石井孝明

経済・環境ジャーナリスト。
1971年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。時事通信記者、経済誌フィナンシャルジャパン副編集長を経て、フリーに。エネルギー、温暖化、環境問題の取材・執筆活動を行う。アゴラ研究所運営のエネルギー情報サイト「GEPR」“http://www.gepr.org/ja/”の編集を担当。著書に「京都議定書は実現できるのか」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞)など。

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